第009話 交換
「お前たち、気を付けて帰れよ~」
帰りのホームルームが終わる。
「それじゃあ、また明日な」
「うぃ~」
マギーに別れを告げて教室の外に出る。
お昼に如月さんに言われた言葉が頭に過る。
『今日も一緒に帰ろうね』
確かにそう言われたはずだけど、教室を出た時、彼女はまだクラスの女子たちとおしゃべりをしていた。
やっぱり僕が聞き間違えたのかも。
連絡先を交換していないので確かめようもない。
僕は如月さんに話しかけることなく、学校を後にした。
「待って、眞白君」
一人で歩いている僕の背に少し息を切らした声が聞こえる。
「如月さん」
「もう、置いていくなんてひどいよ。お昼に約束したでしょ?」
僕が振り返ると、彼女は少し息を切らし、赤らんだ頬を膨らませて怒りを露にする。
こんな時に言うのもどうかと思うけど、そんな顔も凄く愛らしい。僕は思わず彼女の顔に見惚れてしまった。
「い、いや、だって僕みたいな人間が如月さんに話しかけたら迷惑かけてしまうので……学校の皆には知られない方が良いと思いますし」
「うーん、私は別に構わないんだけど、そっか、分かったよ。次からはこの辺りで待ち合わせにしよ? それならいいでしょ?」
陰キャな僕と一緒にいるところを見られたら、彼女にとってマイナスしかない。
そう思って返事をすると、彼女は顎の下に人差し指を宛てて少し考えた後、辺りを見回してから提案する。
次もあるの!?
などと僕は心の中で期待してしまう。
これだから童貞は……こんなに簡単に期待してしまうなんてちょろすぎるだろ。
いやいや、リスクは避けた方が良いわけで、如月さんのことを考えるなら断るべきところだ。
「えっと、はい、如月さんさえ構わなければ」
僕は昂る気持ちを抑え、きわめて冷静に返事をしたつもりだった。
期待する心に負けてしまったぁ!!
気づけば、一緒に帰る約束をしていた。
「私が提案したんだから当たり前だよ。うふふっ、二人だけの秘密だね?」
「え、あ、はい……」
意味ありげに微笑む彼女が魅力的すぎて僕は顔を逸らして答えた。
「それじゃあ、行きましょ」
「あっ、待ってください」
僕の返事に満足したのか、楽しげに笑って先を進む如月さん。僕はその後を追った。
彼女のカバンに僕の知っている作品のキャラクターのキーホルダーがキラリと光る。
「あっ、それってもしかしてトモカクのカナデですか?」
なんだか共通点を見つけたみたいで嬉しくなって彼女に問いかける。
「あ、うん、そうだよ」
「え、もしかして如月さんってアニメとか見る人なんですか?」
僕はまさか如月さんがアニメを見るとは思わなくてついつい聞いてしまう。
「えぇ~、普通に見るよ。私って一体どんなもの見てると思っていたの?」
「げ、月9とか?」
アニメ以外で分かる番組はバラエティくらいだ。それ以外に知っている物を苦し紛れに上げてみる。
「あははっ。確かに見ないこともないけど、友達との会話をするための情報収集の一貫かな、そういうのは」
「へ、へぇ、そうなんですね」
「それよりも、トモカクの中だったら、誰が推し?」
「え、えっと、やっぱりカナデですかね」
僕も如月さんが好きなキャラのカナデが好きだったので、嘘をつかなきゃいけない事態にならなくて本当に良かった。
推しのために空気を読むのはやぶさかではないけど、できれば自分の推しキャラを隠すようなことはしたくない。
「だよね、だよね。やっぱりカナデちゃんが可愛いよねぇ」
「はい、カナデは……」
それから僕たちはトモカクの話をしながら帰った。
嬉しそうに話す彼女の顔がまるで妖精のように輝いて見える。
ただ、なぜか彼女との会話に懐かしさを感じる自分が居る。
なんでだろう。
「あっ、もう家に着いちゃった……」
「ホントだ……」
そんな疑問を抱いたのも束の間、たった十五分の道のりは本当にあっという間で、まるで一瞬の出来事のようだ。
緊張していた昨日とは違って、今日は本当に楽しく話ができた。可能ならもっと如月さんと話していたかった。
「ねぇ……良かったらさ、連絡先交換しない?」
彼女の言葉で僕の懐かしさはどこかに吹き飛んでしまった。
「ど、どどどど、どうして!?」
「ほら、これからも一緒に帰ることが多くなると思うし、もし、何か用事があった時、連絡をとれれば、変に待たせたり、待ったりしなくて済むでしょ?」
た、確かに如月さんの言う通りだ。うんうん、一理どころか十割はあるな。
「わ、分かりました。
「うん、大丈夫」
僕は如月さんとメッセージアプリのIDを交換した。僕のスマホに初めて登録された女子の連絡先。
しかも、その相手が推しである如月美遊さん。
嬉しさで感無量だ。
「それじゃあ、何かあったら連絡するから」
「はい、また明日」
「バイバイ」
こうして僕は如月さんに別れを告げて家に帰った。
――ピロンッ
自分の部屋に入った時、スマホの通知音がなる。それは如月さんからのメッセージだった。
『これからよろしくね(ハート)』
ベッドの上で悶絶した。
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