第010話 だって童貞だもん

「えっと……これにはどう返したらいいんだ?」


 僕は初めて送られてきた女の子からのメッセージに混乱してしまい、スマホをベッドの上に置いて、室内をうろうろする。


 そうだ、もう如月さんとこれ以上の関係を期待するのは止めろ。だから、「よろしく~」とか適当に返せばいい。


「できるかぁ!!」


 興味も何もない相手になら、そんな返事もできるけど、推し相手にそんな適当な返事をできるだろうか。いや、できるわけがない。


 僕は女性経験がほぼ皆無と言っていい。中学一年生の時にほんの数カ月だけ女友達が居たくらいだ。


 しかも、あの頃はスマホなんて買ってもらえなかったし、いつも一緒に過ごしていて交換する必要性がなかった。


 だから、連絡先なんて交換していないし、こういうやりとりもしたことがない。


 万事休す。


「うぉおおおっ……一体どうすれば……」


 通知で送られてきたメッセージの内容を見れたからまだ既読にはなっていないので既読スルーにはなっていない。だからひとまずは安心だ。


 でもいつまで経っても未読というのも、それはそれで自分に興味もないのかと思われそうだから駄目な対応だろう。


 くっそぉ、どうしたらいいんだ……。


 ――ピロンッ


 その時、別の人物からメッセージが届いた。


『ソウ:同士ヒッキー、見てくだされ。某の渾身の作品が完成しましたぞ』


 それはマギーからで、彼が作ったフィギュアの画像が送られてきていた。


 マギーも僕とは違う才能があり、二次元作品のフィギュアを作る能力に秀でていて、僕と同じように高校生にもかかわらず、モデラーとして界隈では有名になっている。


 彼が送ってきたのは人気作『占術廻戦』のヒロイン、山梨紅羽やまなしくれはのフィギュアだ。ディテールまでこだわって作られていて、イラストをそのままフィギュアにしたかのように可愛いくできている。


 我が友達ながら見ほれるほどの再現度だった。


『弘明:相変わらず素晴らしい出来だな。今度依頼してもいいか?』

『ソウ:結構高くなりますぞ?』

『弘明:そこはお友達価格で頼む』

『ソウ:他のお客さんに悪いから無理ですなぁ』

『弘明:はぁ……分かったよ。それでちょっと聞きたいんだけど』

『ソウ:どうしたんですかな?』

『弘明:推しからよろしくってメッセージが送られて来たら、お前ならどう返す?』

『ソウ:うーむ。それは悩ましいですなぁ。やはり無難に返すしかないでしょうな』

『弘明:無難な返しってなんだ』

『ソウ:そうですな。こちらこそよろしくお願いします、とかじゃないですかな?』

『弘明:それしかないか……』


 マギーに相談して落ち着いてきたせいか、彼の返答が当然だと思える。


 僕は何をテンパっていたのだろうか。


「こちらこそ、宜しくお願いいたします、と」


 丁寧しようと思ったら、イラストレーターの経験からビジネスメールみたいな返事になってしまった。


 まぁ、丁寧な分には問題ないはずだ。


 ――ピロンッ


「返ってくるのが速い!?」


 まるでスマホを手に持っていたかのような返信スピードに僕は目を剥いた。


『美遊:なんかお仕事みたいだよ。リラックスリラックス』


 彼女はそんな風にメッセージを送ってくるけど、


「リラックスなんてできるかぁ!!」


 僕再び叫んでいた。


 普段話す時も心臓が飛び出るくらいにドキドキしながら敬語で話しているのに、リラックスなんてできるわけがない。


「以後、二度とこのようなことがないように気を付けさせていただきます、と」

『美遊:だから固いよ。もっと普通でいいよ』


 丁寧に返したつもりが、再び駄目出しされてしまった。


 でも、これ以上どうしようもない。


「申し訳ございませんでした。勉強させていただきます、と」

『美遊:固いなー。まぁいいや。少しずつ慣れていってね』

「承知しました、と」


 ただ、丁寧さも度が過ぎると駄目なようなので、呆れた表情のスタンプがメッセージと共に送られてきてしまった。


 推しを呆れさせてしまうとは、自分のコミュニケーション能力の低さを呪う他ない。


『美遊:それじゃあ、また明日ね。おやすみ』

「おやすみなさい、と」


 なんとか事なきを得た僕は緊張が途切れたことで枕に顔を埋めた。


 それにしてもまさかLINLINのIDを聞かれるとは思わなかった。他の人に聞いている様子もないし、聞かれてもあまり教えているそぶりもない、特に男には。


 もしかして脈あったりするのかな?


「いやいや、勘違いしちゃダメだ。しちゃダメなんだ。僕なんか如月さんにふさわしくない……」


 僕は首をブンブンと振りながら自分の想像を否定する。


「……んなもん。勘違いしてしまうやろ、だって童貞だもん!!」


 しかし無理だった。


 如月さんにしてみれば、僕なんてその他大勢の一人だろう。


 でも、こう何度も優しくされちゃうと、僕にもチャンスがあるのかもって思っちゃうだろ……。


 そんなことあるはずないのに……はぁ……どうしたらいいんだ。


 それから僕は、眠りに付けなくて夜更けまで考え事をしていた。


「ふわぁ~」

「どうしたんですかな? そんな眠そうな顔をして」


 昨日は夜遅くまでメッセージの返信に悩んでいたとは言えない。


「いやぁ、昨日の夜あんまり眠れなくてな」

「睡眠をしっかりとらないと創作のコスパが悪くなりますぞ?」

「そうだな。マギーが言うことはいつも正しいよ」

「そんなことはないですぞ。某だって間違ってばかり。鵜呑みにしないように」


 そうは言われたが、暫く簡単には寝付けそうにない。

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