金縛り6

『天使ちゃん』関連の呪いにはパターンが複数ある。発端とするにはいささか異なる気はするが、まずは失踪したAさん経由のもの。Aさんは子どもの頃に『天使ちゃん』を行って十数年後に呪われた。その親友である城戸彩奈も呪われて失踪。この場合の『天使ちゃん』はAさんが幸せになったとされる瞬間を狙われている。城戸彩奈も同様に幸せになったとされる瞬間を狙われているようだが、彼女の場合は人の顔が分からなくなるという症状が現れた。またその話を聞いて動画作成した三雲も同じ症状を患っている。それから三雲が実験的に行ったマッチングアプリに引っかかった僕は見知らぬ人物の顔がふとした瞬間に視界に現れるという症状を患っている。

「なんというか……しりとりみたいよね」

 三雲がしみじみと呟いた。しりとりか……あくまでイメージだが、呪いから起きる症状が伝染するというよりも広がるにつれて変化しているような。しりとりみたいに最初の言葉の原型は留めていない、そんな感じで。話を戻そう。

 次に別のルートである『天使ちゃん』関連の呪いだ。北崎がそのパターンで、彼の場合は元彼女からの強い恨みが招いている。平野詩織は確かに『天使ちゃん』を行ったようだが北崎を呪うにつれて体力を消耗している。呪いの種類も先ほどのAさんとは異なり、生き霊を飛ばして北崎を殺そうとしている。また『天使ちゃん』を行うための用紙を利用している。それは『天使ちゃん』発祥とされる廃校の倉庫にあったもの。

 つまりあの紙の前にあった影は邪気のようなものなのか。僕らが視認できるほどに黒く淀んだシミみたいな邪気をまとう紙である。呪具として機能しているとするなら、平野詩織がたとえ霊感を持ち得ない一般人だとしても容易に人を呪う道具として使えるということ、なのだろうか。あるいは潜在的に人を呪う素質があるのか──これを今、小幡に調べてもらっている。

「『天使ちゃん』と『天使ちゃんの呪い』って違うものだよな」

 ふと思いつきを口にすると三雲がまばたきをした。僕の意図が分かっていないのか首を傾げるので、ぽつぽつと思いつくことを挙げていく。

「今、僕らの前にある現象は性質として分けるなら二パターンだろ。仮にAさんルートと平野ルートとするけど。元は同じ呪いだったが、どこかでそれを利用する呪具なりなんなりを用いた呪いが生み出された。それが平野ルート」

「うん……」

 三雲はまだよく分かっていないのか曖昧に返事をした。

「ちなみに平野詩織は『天使ちゃん』のことをよく知らないんだろう。地区も微妙にずれているし」

 平野詩織に会った時の様子を思い出す。彼女はわざわざタブーに近いことをしていたし、『天使ちゃん』は人を呪い殺すための呪法ではないという前提が彼女にはなかった。

「そうね……『天使ちゃんの呪い』ばかり考えていたからその大前提を忘れてた」

 三雲が頷きながら言う。だんだん理解してきたらしい。

「僕らが解明すべきは多分、Aさんルートかもしれない。そこからきっと平野ルートに繋がるような気がする」

 なぜ『天使ちゃん』は呪いになったのか。悪霊なら原因解明せずに祓えばいいけれど、呪いとなれば解呪の方法を探る必要がある。やはり僕ではどうにもできない分野だ。

 ふいに編集室のドアにある小窓を見た。あぁ、またMさんが視える。しかもだんだん近づいてきているような気がする。祓えないものというのは当然不気味であり、もしもあれが目の前まで迫ってきたらどうなってしまうのだろうと、不甲斐なくもそんな不安を胸によぎらせてしまう。

「大丈夫? 顔色悪いけど」

 僕の視線に気づいた三雲が目の前で手を振った。

「平気」

 素早く答えると三雲はそれから深追いせずに肩をすくめた。


 ***


 夜。帰宅したら時刻は十九時になっていた。外はまだ夕日がうっすら残っていて、昼間の熱が部屋の中にも残っている。荷物を置くよりも先にエアコンの電源を入れて部屋を冷やす。その間シャワーを浴びる。シャワーを終えた頃には部屋も程よく冷えていて快適になっており、冷蔵庫に貯蔵している缶ビールと、帰りがけにコンビニで買った惣菜をリビングのミニテーブルに置いてソファに座る。ビールを飲みながらスマートフォンを開く。

 口伝えで呪いが伝染るのか少し気になっていたのであらかじめ壱清に連絡を入れていたが、もう眠っているのかトークメッセージはいつまで経っても既読にはならなかった。仕方なく義姉にメッセージを送ると、数分後に既読になったが返事はない。おおかた、姪っ子たちが彼女のスマートフォンで遊んでいるのだろう。気長に返事を待つほうがいいなと考えていると電話の通知が画面を遮った。三雲からだ。

「はい」と出ると彼女は明るげな声を放ってきた。

『あ、三紀人くん、おつかれー。あのね、小幡くんが詩織さんのことを調べて帰ってきたのよ』

 彼女の予言通り、小幡は平野詩織の調査を終えて報告してきたらしい。見かけによらずかなり有能な人だと思う。

「それでどうだった?」

『うん、詩織さんには霊感はない。血筋的にも無関係。無宗教だしね。それで三紀人くんの予想通り彼女は〝天使ちゃん〟が流行っている地域出身じゃないから過去にやったことはないし〝こっくりさん〟も同じく未経験。〝天使ちゃん〟を知ったのはネットからだそうよ』

「そうか……それであの生き霊って、とんでもないな」

 最後の方はほとんど独り言だった。つまりあの生き霊は『天使ちゃん』を行ったことから生み出されたもの、あるいは彼女が持つ執念と『天使ちゃん』が結びついてできたものなのかもしれない。無理に定義づけするならそうとしか言えないが。

「これだけの情報をよく半日くらいで調べられたね」

『はぁ、どうも』

 感心げに言えば三雲ではなく小幡本人が出てきた。彼女たちは同じ空間にいて、僕の声をスピーカーにして聞いているらしい。それからは雑談を交えて手短に挨拶をして電話を切った。

 三雲、ちゃんと家に帰ってるのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、再びスマートフォンを触る。義姉からのメッセージがあり、『今のところとくに何もない』とのことだったので『天使ちゃん』の呪いは口伝えには広がらない可能性を考えた。

 スマートフォンの電源ボタンを押して画面を閉じる。黒い画面に映る自分の顔の横にMさんがいた。

「うわ……」

 不意打ちだったので声まで漏れた。手からスマートフォンが滑り落ちるが腿で受け止めたので床に落ちることは免れた。しかしこの呪いはなんなのか。ふとした瞬間に現れるが目をそらせば消える。スマートフォンを拾い上げて画面を見るもいなくなっていた。

「ふっ、だんだんあの顔にも慣れてきたぞ」

 あの平野詩織の生き霊みたいなグロテスクさはないからまだ……いや、やっぱり不気味だ。

 ビールを飲み、きんぴらごぼうと餃子を食べる。それから眠りにつくまでパソコンを開いてメールチェックをしたりテレビを観たりして過ごす。

 北崎から連絡は来なかった。

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