金縛り3
失踪した城戸綾奈周辺の状況を整理する。
三ヶ月前、城戸の親友、Aさんが失踪した。Aさんの怪奇的な失踪を深く知っており、その件を心霊チャンネルを企画している三雲に相談する。三雲は城戸とAさんの彼氏の証言を元に再現ドラマを企画し制作。
その後、城戸は他人の顔が認識できなくなったという相談を僕に持ちかける。僕の返答に一応の了承をしたがその後、あらゆる霊能者に相談し、お祓いをしてもらった。しかし彼女は失踪した。三雲の調べによれば失踪して二週間経過しているとのことで、城戸の彼氏と両親が警察に失踪届を出しており現在捜索中らしい。三雲が僕に送ってきた怪文書の写真は城戸の彼氏が撮影したもので、今その紙は警察の元にある。
「だから直接視てもらうことは不可能なわけだけど、あれを見て何か感じることとかあった?」
三雲が問う。僕は即座に首を横に振った。
「霊的なものはあまり……間接的だからかな。ただ異常ではあるね。霊的なものじゃなくても邪悪なものを感じる」
霊も元は人である。思念とでもいうのだろうか、人間の強い思いや怨念が形になった何かが霊だと僕は認識している。つまり人の怨念がこもった邪悪なものという捉え方をした。これに三雲は、そうねと素っ気なく返した。面白くない返事で悪かったな。
「その、城戸さんの友人のAさんも同じように消えたのか?」
聞くと彼女はアイスコーヒーを飲みながら首肯した。僕は重たい息をついた。
「連続失踪事件か……」
「警察はそう見ているわ。消え方も怪文書のことも共通しているし、二人は親友という繋がりもある。知人の犯行と見られても仕方がない状況ね。そのせいで彼女たちの彼氏がまず容疑者候補に上がった」
そうあっさり言うと三雲はノートパソコンを出して開いた。素早い手付きでパスワードを入力すると真っ青な画面が広がる。パソコンの中は無数のフォルダがぎゅうぎゅうにひしめいており、整理整頓が苦手な彼女の性格が現れているようだった。そんな雑多なデスクトップにも関わらず彼女はすぐさま目当てのフォルダをダブルクリックして開く。そこにもズラリとあらゆるファイルが収納されていた。同じようにすぐさま引っ張り出す彼女は、これよこれと呟きながらデータを画面に広げる。
それはインタビューの様子を録った無編集の音声データだった。
「Aさんの彼氏から聞いた話」
素早く言う彼女は有無を言わせず音声データを再生した。
『●●は明るくて楽しいやつで、とにかく自殺するようなタイプじゃないです。精神的にも安定してたっていうか普通でしたよ。まぁ我儘なとこもありましたけど仕事も順調だったみたいだし、犬飼ってるし。普段は料理とかしないけど犬の世話だけは欠かさずやってたし、俺よりも犬大事にしてましたけどねぇ。そんなやつが犬ほっといて自殺しますかね。ていうか俺たちもうすぐ結婚するつもりだったんですよ。親への挨拶もしなきゃなぁって話をしてた途端にこんなことに……まぁ……あ、いやなんでもないです。そうそう綾奈。綾奈にも連絡したんですよ。●●の友達。あいつらすっげー仲いいし、二人で旅行とかもよく行ってましたけど。ちょいちょい喧嘩するけど、ほら喧嘩するほど仲がいいって言うじゃないですか〜。そんな感じなのにその友達にもなんの相談もなく急に死にたくなったりするもんなんですかね。え? あいつの過去? さぁ……俺ら、そういう白ける話はしないんで』
データはそこで終わり、わずかなノイズを残してブツリと途切れる。ところどころノイズが入って聞き取りづらいが、おおまかなことは分かった。
「仮にBさんとしましょ。彼は城戸さんの会社の同僚だったみたいでね。そういう縁から城戸さんがAさんに紹介して付き合うようになった、というのは城戸さんから聞いたの。年齢は三十歳。Aさんと城戸さんの一個上ね」
ということは、城戸とAさんは二十九歳。ふと過ぎる北崎の様子がどうにも集中力を削ぐ。そんな僕のしかめた顔を見てか三雲が覗き込んできた。
「何か感じる?」
「いや、何もないよ。こういうケースは初めてだからなんとも言えない……」
そうだ。僕はただ霊を視ることと祓うことができるだけで他の能力はない。呪いを退ける方法や回避すること、事件を解決する能力などはまた別であり、色んな証言や現象を見せられたり聞かされたりしても分からないものは分からない。
僕はおずおずと口を開いた。
「人間は奥行きのある生き物でね、Aさんにもなんらかの過去があり、彼女だけしか知らないことがある。また同様にBさんにも城戸さんにもある、はず。消えなきゃいけない理由、自殺しなきゃいけない理由……突発的に死にたくなる脳の誤認というのもある。それがやっぱり彼らにしか分からない、もしくは彼らも気づいていない深層心理に隠されているもので、それが呪いと繋がりがあるのかもしれない」
「つまり全員の過去を探るしかないってこと?」
三雲がお手上げだとでも言いたげに天を仰ぎながら言う。
「まぁそうだね……ただ、Bさんの話を聞いていて引っかかることはある」
僕は三雲からマウスを奪い、音声データの中間にカーソルを戻して再生した。
『たちもうすぐ結婚するつもりだったんですよ。親への挨拶もしなきゃなぁって話をしてた途端にこんなことに……まぁ……あ、いやなんでもないです』
止める。『まぁ……』と言っているその声音が何か言いかけるような淀み方だった。彼は何かを隠しているのではないか。
「気にしすぎでしょ」
三雲が鼻で笑った。しかし僕は疑り深くさらに言う。
「あとは過去の話をしないっていうのも引っかかる。本当に付き合ってたのか?」
しかし三雲は答えない。仕方なく僕は彼女が欲しがる言葉を投げつけた。
「なんにせよ、Bさんも呪いがかかっている可能性はあるよ」
そう言うと三雲は嬉しそうに目を輝かせた。
「ほんと!?」
「あぁ。だって『天使ちゃん』に関わってない僕も呪いにかかっているんだ。君のせいでね」
嫌味を含めて言うとたちまち三雲は目を伏せた。
「だってマッチングアプリなんて無差別じゃない? あなたじゃなくても私と繋がった人は絶対に呪われちゃうってことが証明されたわけだし、むしろあなたで良かったと思ったくらいよ」
なんて言い草だ。三雲の悪びれない言い方に今度は僕が天を仰いだ。
「呪いの定義が広いよな……『天使ちゃん』をやっていなくても呪われてしまうなんて、それじゃあ『天使ちゃん』の話を聞いた人も同様かもしれない……」
そこで僕はさっと血の気が失せた。顔を覆う。
「どうしよう。兄さんとお義姉さんに話したんだけど」
言いながら僕はすぐにスマートフォンを出した。急いで梨奈さんに連絡を入れようとするもその邪魔をするかのように電話が入った。
「……北崎さんだ」
さきほど除霊した北崎からの連絡。不審に思わないはずがなく、しかし躊躇いがちに通話ボタンを押して急いでスピーカーにした。
「もしもし」
『このインチキ霊能者が!』
耳をつんざくほどの怒声に危うくスマートフォンを落としそうになる。三雲を見やると眉をひそめてスマートフォンの画面を睨んでいた。
「え、どうしました? 何か問題が……」
『どうもこうもねぇよ! 全然祓えてないじゃないか! もういい! 別の人に頼むからテメェに払った金返せ!』
そう怒鳴ると彼は一方的に電話を切った。
「何それ。あれっぽっちの謝礼金で全部祓ってもらおうっていうのがそもそもお門違いでしょうが」
何故か三雲がイライラと言うが問題はそこじゃない。
「全部祓ったはずなのに何かおかしいぞ」
「はぁ? あんな一万円も満たない金額で全部祓ったっていうの!? バカなの、あなた!」
ダメだ、三雲の頭の中は金のことしかない。僕は何も言わずに再びスマートフォンを操作して北崎に連絡を入れた。そうしてなんとか彼と話をし、自宅までの道のりを聞き出すことができた。
「ちょっと行ってくる」
「え? わざわざ助けに行くの? もういいでしょ、あんな乱暴な言い方をするやつのことなんか……あぁもう!」
話を聞かずにバタバタ飛び出すと、彼女は少し遅れて僕の後ろを追いかけてきた。
「私も行く!」
北崎の自宅は三雲の職場から電車を乗り継いだ場所にあり、思ったよりスムーズな移動ができなかった。到着したのは連絡から一時間後で、駅からほとんど走り回って彼の自宅にたどり着いた。羊羹みたいなアパートの一室へ向かう。インターホンを押すも北崎からの返事がないのでドアを叩いた。
「北崎さん、遅くなってすみません!」
声をかけてみるも無反応。これに三雲が呆れたため息をついた。
「ここまで来たのに留守って、ほんと無駄足」
「もしかしたら動けないのかもしれない」
彼の症状は金縛りだ。しかも無数の霊にがんじがらめにされているような状態。彼にまとわりつくものはすべて祓ったのにまだ現象が続いているとなると答えは一つ。この家にも何かがいるのだ。
そんな僕の必死さを見てか、いつの間にか三雲がいなくなっていた。
「北崎さん! 返事してください!」
「三紀人くん!」
背後から彼女の声がかかり振り返る。迷惑そうに眉間にシワを寄せた年配の男性を従えた三雲を捉える。
「大家さん連れてきた! 鍵開けて! 早く!」
大家は三雲に急かされ、北崎のドアに向かって「開けますよー」と不審げな太い声で言う。合鍵で彼の部屋を開ける。僕と三雲はすぐに部屋の中へ入った。
「北崎さん!」
玄関からキッチンが見え、転がった空き缶を避けながらリビングへ向かう。下着や靴下が踏み潰されたようにフローリングにへばりついている以外はあまり物がない部屋だった。ベッドの脇にぐったりと座り込む北崎がいる。意識はないが生きている。その様子を見て三雲が、後ろから顔を覗かせる大家に向かって叫んだ。
「救急車! 早く! 呼んで!」
一方、僕は北崎を縛るものを視ていた。彼のベッドに立つそれは女の姿をしている。髪の毛の部分が腕のようになっており、北崎の首を絞めようと手を動かしている。僕らの登場に驚いているからか北崎から距離を取っていたが、僕と北崎、そして三雲を睨みつけた。じっと三雲に集中するように見ている。
「三紀人くん……?」
僕がベッドに立つ女を視ていると、三雲が恐る恐る声をかけた。彼女には何も視えないし感じない。こんな禍々しいものが視えていないなんて随分と幸せなヤツだなと思う。
僕は三雲に向かって静かにするよう、人差し指を口に当てたジェスチャーを送る。すると三雲は心得たように頷き、部屋からゆっくり出た。
三雲が出ていった瞬間、ベッドにいる女はまた視線を僕と北崎に向けた。
「ダメだ。彼を連れて行くな」
ささやくように言って近づく。女は僕を牽制するように見つめる。その血走った目が腕の隙間から覗く。青白い若い女の顔が視えた。そしてひび割れた口をゆっくり開かせて何かを言う。聞き取れない。
それから腕が顔を覆い、ベッドに倒れ込もうとする。その刹那、僕は女の背中を斬るように指を振った。やがて女は緩やかに空間へ溶け込むようにして消えた。
「う……っ」
北崎の呻き声が耳に届く。すぐさま彼の様子を見ると、意識が戻ったらしいがまだはっきりと言葉を交わすことは難しそうだった。その時、玄関先で救急隊員の声が聞こえてきた。まるでタイミングを見計らったかのようになだれ込んでくる彼らに北崎を頼む。
すると、ストレッチャーに乗せられた彼はうわ言のように呟いた。
「天使……」と。
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