第三十七話 決着

 ニーナに水の鎧を装着させたら、父さんとっとといなくなりやがった。

 筋金入りのスケベ親父め、ああはなりたくないねぇ!

 

「息子を愛する父親か、お前は、僕が持ってないものを沢山持ってるんだね」


 気色悪い内容を語ってんじゃねぇよクソ勇者様が。

 それにしてもトリニスの野郎、両腕に胴体、更には首を斬られても生きてるんかい。

 人間の姿形をした化け物だな、これは。


「トリニス」

「……なに?」

「お前、そういや魔術で人間に化けたって言ってたよな?」

「魔法だ」

「あん?」

「下等な人間が使う魔術と同じにするな。僕達が使うのは魔法だ」


 大して差がねぇクセに。

 無駄にプライドが高いな、そこら辺はきちんと魔族してら。


「じゃあ、それでもいいけどよ。その魔法をカッティスとグルーニィにも使ったのか?」

「当然だろう? 魔族のままでは人間の街を歩く事すら出来ない」

「他にも同じ魔法を施した奴はいるのか?」

「……その質問に答えたら、ニーナを僕にくれるのかい?」

「ああ、いいや、その顔見たら分かる」


 他にもいやがるな、人間に化けた魔族がいるって結構ヤバくねぇか?

 

「別に教えてやってもいいんだけどね、お前はこの場で殺すし」

「へぇ、これまでは分からない分からないって駄々こねるガキだったのに、随分と明確な殺意を持ったじゃねぇか」

「当然だよ……お前を殺す目的が二つも出来たんだ」


 語尾強く、背中から青黒い羽を広げたトリニスは、羽ばたきと共に距離を詰める。

 ドラゴンのような優雅な翼ではなく、昆虫のような薄く早く動く羽だ。

 超高速で動き、更には先の時止めで俺を攻撃するんだろう。


「二つ? 一つは勇者の息子として、もう一つ? ああ! そういやお前、避けたもんなぁ!」

「……」


 ぎりっと歯を鳴らしやがった。図星か。


「人間如きが使う疑似対消滅魔術を避けちまったんだもんなぁ! 聞けよニーナ! コイツ『僕は魔族で人間よりも強いから、絶対に避けまちぇーん』って言いながら、さっき俺の魔術避けたんだぜ!? プライドと誇りの為なら死をも辞さないはずの魔族様のくせしてよぉ!」

「えぇ? 男らしくないなぁ」

「ひゃっひゃっひゃ! 笑ってやれよ、もっと笑ってやった方がアイツも喜ぶぜ?!」

「本当、ダサ、くすくすくす」


 ――ビギッ、ビギギギギッ


「ふっざけるなあああああああああああああああああああああああああぁ!!」


 おーおー、すっげぇ青筋浮かべちゃって、短気ですね坊ちゃんはよぉ。


「ユーティ、アイツ何かしてくるよ!」

「大丈夫だよ、もう対策はしてある」


 短気は損気ってな、一度通用したから二度三度と通用すると思っちまってんだろ?

 こういうのも戦略なんだよ、全く、魔族様って奴は。


 さて、ロジックだ。


 時間停止系の魔術は、事実上理論だけは組み上がっているが成功した事はない。

 いや、させた事は無いといった方が正しい。


 時間の流れを止める様な、世界干渉の魔術は禁止されているっていうのもある。

 発動させたが最後、世界は滅ぶと予見されていて、それは研究で明らかになった。

 

 一日二十四時間、それが狂うとどうなってしまうか。

 時の流れは激流だ、止める事は可能でも戻す事は出来ない。

 一度ずれた時間は全てを壊し、天変地異となって世界を葬り去る。

 さすがのバカ魔族だって、時間停止の恐ろしさは理解しているはずだ。


 つまり、コイツは時間を止めてる訳じゃねぇ。

 ならば別の可能性、俺たちの認識速度を低下させているんだ。


 可能性は幾つかある。


 俺達の眼球内の水分を操作して、眼球からの情報伝達を送らせる方法。

 水魔術は使えなくとも、雷魔術で目からの情報を遅らせる事は出来る。


 だがしかし、トリニスは水も雷も使っていない。

 となると別の方法だ、土魔術は防御、対象の能力を高める事に特化している。

 その中には防御力を高める術もあるが、純粋に筋力増強の魔術もある。


 ――――ビギギギッ、パリン


 青白い世界、まるで時が静止した世界を、トリニスは得意気に飛ぶ。


「さぁぶっ殺して「ふんっ!」ブギャァ!」


 答えは超強化、コイツは俺に対して速度超強化の魔術を掛けてやがった。

 理由が分かれば対処方法は簡単だ。

 トリニスよりも速く動き、思いっきりぶん殴る。


「あ、え? なに今の? 一瞬世界が止まった……?」

「バカの一つ覚えだよ、そんなの何回も通用すると思うな」


 倒れてる時に見てた、父さんとトリニスの対峙。

 アイツは父さんの剣を、見ることも防ぐことも出来ていなかった。

 理解したんだろう、父さんに対しては強化しても・・・・・意味がない・・・・・と。


「トリニス、お前の魔術系統は土だ。お前は誰かに何かをする魔術に特化している。姿を人に化けさせたり、能力を強化したりな。そこでお前は必勝方法として、敵に対する強化魔術を掛ける方法を思いついた」


 「敵に強化魔術? そんなのして役に立つの?」とニーナが疑問を投げかける。当然だ、普通は思いつきもしない。


「いきなり自分の速度が百倍ぐらいになったとしたら? 人間の体とは脳からの信号によってその所作が決まる。脳が処理に追いつかないんだよ、自分の認識している世界とのズレが激しすぎて、動く事すらままならなくなってしまう。そして、同じ強化を自分自身に施したトリニスは、一人自由に動き、相手を蹂躙する……分かっちまえば、大した事ないけどな」


 願いの鎖の強化ありきの対応策でもあるけどな。

 脳への信号速度強化なんざ、普通は確かに不可能だ。

 結局、俺はニーナに助けられたって事だな、マジで助かったぜ。


「……ぐっ」

「さぁ、お仕置きの時間だ。覚悟はいいだろうな」


 ぎゅっと握った拳から魔力が溢れる。

 魔力という名の愛だな、ニーナの愛で溢れてやがるぜ。


「ふ、ふざけるな、僕にはまだ魔族としての肉体がある!」

「バカ野郎、そんなの願いの鎖でとっくに凌駕してんだよ」

「それだって、それだって僕が用意したんだ! お前ばっかりズルイんだよ!」


 昆虫みたいな透けた羽を羽ばたかせて、トリニスの野郎飛び上がっちまった。

 最後の最後に逃げるか、まぁ、逃がさねぇけどよ。


 ぐっと踏ん張って飛び上がる。

 それだけで高速移動するトリニスに追いついちまった。


「ひっ! なんで、なんで追いつけるんだ!」

「なんでなんでって質問が多いな。じゃあよ、最後に一個だけ教えてやる」

「何を!?」

「恋愛の必勝方法だ」

「え」


 羽をむしり取って、愛に包まれた拳を握り締める。

 天高く、限界まで弓なりに引き絞り、腰を使って――――


「譲り合え、人間ってのは譲り合って生きてんだ」

「譲り……合い」

「結局お前は全部が他人任せなんだよ。どうして僕を理解してくれないんだってな。だが、人間関係ってなぁそうじゃねぇんだ。自己中は嫌われるぜ? ……まぁ、生まれ変わったら役立ててくれな」


 ――――全身をバネのように回転させながら、両の拳を最大限の速度で何度も何度も振り抜く。並大抵の一撃じゃコイツは回復しちまう、余計な事は一切考えずに、フルスイングだッ! ボディ、ストレート、フック、アッパー、ジャブジャブジャブジャブストレートオオオォッ!!


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ! オラオラオラオオラオラッ!」

 ドドドドドドドドドドドドッドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

「グギャアアアアアアアアアアアアアアァ!」

「まだまだまだまだまだまだまだッ! オラオラオラオラオララッ!! ふんっ! ニーナ!」


 ぼっこぼこにしたトリニスを、地上にいるニーナにぶん投げる。

 願いの鎖でビンビン伝わってくんだよ、私にもやらせろってな!


「ありがとユーティ! さっきはよくも顔を踏んでくれたわね! サクシャラ槍術奥義、裏桜華うらおうか蓮華れんげ!! はぁあああああああああ!!!!」

 ズガガガガガガアガガガガガアアガガガガガアッガッガガggxrツ!!!

「アビャッ! アビャビャビャビャビャビャッッ! グギョラホベェエエエェッ!」

「まだまだああああぁぁぁ!!!!!」

「ヒニギャアアアアアアアアアぁぁぁぁ!!!」


 途中文字化けしそうな連撃でトリニスの身体が穴だらけになっていきやがる!

 竜騎士の槍術やべぇな! 願いの鎖でお互い強化されてるとはいえ、魔族を貫通すんのかよ!


「浮かせるよ! ユーティ! トドメ!」

「OK! 必殺! ――――時速十億キロパーンチ!!!!!!」


「ヘヒッ」


 パドゥンッ――――……みたいな音と共に、トリニスの肉体が円形に削られ、塵に。

 ピンポイントでの対消滅だ、上手くコントロールすればこんなのも可能なんだな。

 反動もない、威力だけはバカみたいにある、へへっ、最強じゃね?

 決め台詞を言うとしたら「お前は俺を怒らせた……」ってか?


「……クソが、クソガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!」


 おろ? まだ生きてんのか?

 なんか、トリニスの身体から光の帯が天へと伸びていったんだが。


「全世界の魔族に知らせてやる! お前が勇者だという事を!」

「はっ?」

「もうお前に安寧の日は来ない、永遠に迫りくる魔族の恐怖と共に脅えながら生きるがいい! あーっはっはっは! あーっはっはっはっはっはっはっはっは! あーっっはっはっはっはっは………………はっは………………」


 笑いながら、トリニスは姿を消していった。

 さすがに対消滅をモロに喰らったら、生き延びる事が出来ねぇみてぇだけど。


「ユーティ、今の」


 最後の最後まで無駄なあがきしやがって。

 あの野郎……。


☆★☆★☆


次話『旅立ちの日』

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