第三十五話 限界を超えろ

 コイツの身の上話なんざどうでもいいんだが、同じ本を読んで同じ目的で動いてたってのは、本当に、本当にほんのすこーしだけ共感できる部分がある。


 要は女の子と仲良くしたかったって事なんだろうが、そのやり方がコイツの場合はスマートじゃねぇ。あと、さりげなく漏らしてたが、お姫様じゃなくても誰でも良いって部分、あそこだけは俺は認められねぇな。


「トリニス、お前の目的が叶わねぇ理由、教えてやろうか」

「俺の目的が叶わない理由?」


 喋りながらでも攻撃の手は止めない。

 トリニスの使う土魔術と俺の水、炎魔術はハッキリ言って相性が最悪だ。

 燃やしたら固まり、濡らしたら泥濘化する。

 おまけに魔族特有のバカ力にクソ耐久、打開策が見つからねぇよ。


「ああ、お前の目的は女の子との仲良し♡じゃねぇ、ただ単に肉欲を果たしたいだけなんだよ」

「肉欲、それは性行為という事か」

「ああ、そうだ。溜まりに溜まった白濁とした液体を噴出したいんだろ?」

「……」

「お前は性欲のはけ口を探してるだけ、そこに愛があったら相手を壊すなんてことは絶対にしねぇんだ。むしろ蝶のように愛でて花のように大事にするんだよ。人間の男と女とでも力の差ってのはあるんだ。女の子ってのは触れたら壊れちまうほどに繊細で、柔らかくて、ちょっとした言葉の暴力でだって傷ついちまう。可愛らしい生き物なんだよ」


 という訳で、全身プラズマ時速十万キロパーンチ! ……ちっ、受け止めたか。

 雷光煌めくスーパーナックルだってのに、普通に耐えるのなんなん?

 まぁいいや、これで勝てるとか思ってねぇし。


「俺は」

「僕はって言え」

「なに?」

「一人称が混ざるんだよ、お前は性格上僕が一番似合ってる」

「……分かった」


 うむ、これで分かりやすい。


「僕は、人間が好きだ」

「は?」

「誰も傷つけたくないと思っている」

「どの口が言ってるワケ!? お前西の方でグルーニィに百人以上殺してこいって命令したんだよな!?」

「人造魔獣の種を植え付けただけだ、殺していない」

「じゃあアレ元に戻るのかよ!?」

「戻す必要があるのか? 僕たち魔族だって似たような姿で生きているじゃないか」


 パクパクパクパク……


 開いた口が塞がらねぇ。

 マジで、価値観の差ってのを実感してるんだが。


「ユニマスでの計画だって、最初から誰も殺すつもりはなかったんだ。営業妨害をかけただけ、店を破壊するのも人間が死なないよう夜中を選択した。ラズベリーだってカッティスが勝手にしたこと、僕は殺せと命じていない」


「あの」


「それに防護結界だってちゃんと張り直し、より強固なモノにしたじゃないか。この街だってそうだ、僕はスタンピードを誘発しただけ、最初から守るつもりだった。防護結界は予め張っておいたし、この村は誰一人として怪我すらしていない。どこが間違っている? 教えてくれよ、僕の一体どこが間違ってるって言うんだッ!」


「全部間違ってんだよバカ野郎ッッ!!!」


 もう何も魔術使わねぇ、単純に拳で殴ってやった。

 意外にもトリニスの野郎は素直に喰らって、素直に吹っ飛ぶ。 


「なんで殴るんだ、人に暴力を振るってはいけないと勇英育英所で学んだのに」

「拳で教える教育もある!」

「そんなものはない! 僕はきちんと学んだんだ! 人を殺してはいけない、人から盗んではいけない、悪者を殺し、人間に害なす魔獣を殺し、人の役に立ち、褒め称えられる事を目的として生きろと! 僕はそれを実行していたに過ぎない! ちゃんと守って生きてきたんだ!」


 コイツ……これが人と魔族の差か?

 イチゼロなんだ、コイツの良心の天秤はイチかゼロか、中間なんてもんが存在しねぇ。

 ダメと言われた事は絶対にしないが、言われていない事は何でもOKだと思ってやがる。


「あー、試しに質問するが、トロッコ問題って知ってるか?」

「トロッコ問題?」


「トリニスはトロッコの管理者だ、とある事故が起きてトロッコが暴走、お前は分岐点のレバーを操作できる位置にいる。レバーをそのままにすればトロッコは左側に突き進み、作業している五人が死ぬ。トリニスがレバーを倒せばトロッコは右側に進み、五人は助かるがそこで作業している一人が死ぬ。さて、トリニスならどっちを選択する? って問題だが」


「僕はそんなミスはしない、暴走するトロッコを自力で止める」

「そういうのは無しで」


 基本的に、これは選べない、ひたすらに悩むだけの問題だ。

 明確な答えなんて存在しない、人の命は平等であるという考えを改めさせる問題だが。


「ならば、その一人と五人がどういう人間かを、徹底して教えて欲しい」

「ほう」

「若い女が混ざっているのなら、問答無用でその子がいる方を助ける」

「俺もそうする。だが、今回は全員男と仮定する」


 ちっ、本当に無駄なとこ俺と似てやがるな。

 思わずにやけちまったぜ。


「なら、男達の役職や地位で判断する。人間には爵位というものが存在するんだろ? わざわざ他人から見て自分の価値を知らしめるものだ。店においても店長と店員、社長と社員、隊長に隊員、人間は上下関係をとても分かりやすく自ら示しているじゃないか。上の人間を活かし、下は犠牲になってもらう。人間自らが作り上げたピラミッドなんだ、底辺は腐るほどいる、上は限られた数しかいない……考えるまでもなく、下の人間を犠牲するのが正解だ」


「いるよな、こういう奴」

「……なんだ、その言い方は」

「断言するわ、お前、絶対恋愛失敗するよ」


 ――――ビギッ


「どこが間違ってるんだ、何が間違ってるんだ、分からない、分からない、分からない、分からない! 分からないッ! どれだけ悩んでも、どれだけ考えても、どれだけ人間の言うことを聞いてもッ! 正しい答えに辿り着けないのは何故だッッ! 俺は、俺はあああああああああああぁッッ!!!!!!」

  

 ――――――ビギギギッ、パリンッ

 

 空間が、割れた?

 なんだ、これは。


 青白い空間、空を飛ぶ鳥が止まって見える。 

 俺の身体も全然動かねぇ、見るという認識だけがそこに残っている。


 そんな空間の中を、トリニスだけが動き、そして―――― 


「っっ!」


 ――――俺の右胸を、奴の拳が貫通しやがった。

 めり込む感覚、千切れる筋線維、折れる骨、潰れる肺、引きちぎれる皮膚。

 クッソ痛いはずなのに、痛みがついてこない、信号が間に合ってないんだ。


 貫いた腕が引き抜かれた瞬間、青白い空間が元に戻り、痛みと出血が襲い掛かる。

 歯を食いしばれ! 今痛みで気絶してる場合じゃねぇ! 次が来る!


「無駄に認識が出来ているのか、それは可哀そうに」

「っざけんな、同情してんじゃねぇよ」

「苦しいだろう? 痛いだろう? 大丈夫だ、直ぐに終わらせてやる」


 まただ、青白い空間に包まれて、アイツの拳が俺の身体を打ち抜いていく。

 防御している腕も、力を込めた腹も、防ぐために前に出した脛も。


「いっぎぃ……!」

「ユーティ、とか言ったか」

「あんだよ、今治療中なんだ、後にしてくれねぇか」

 

 ぶっちゃけ青白吐息、いくら母さんの魔法水だって全快って訳じゃねぇ。 

 眠気、疲れ、痛み、出血、もうそういった負の部分が全部襲い掛かって来やがる。


「ユーティ、お前は言っていたな。人間における男女の間でも、力の差があると。だが、魔族と人間の力の差はそんなもんじゃないんだ。わかるか? こうしてお前の身体を貫いている拳が、これだってほんの少し小突いたに過ぎない、そして」


 また、青白い空間……コイツ、治癒魔術を発動させていた左手を。


「こうしてお前の左手を握っただけで、簡単に握り潰してしまうんだ」


 ―――ギリィ……ミキキ、ベキッ


「ぐっ、があああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

「これだって俺は優しく接してるんだ。一枚の紙を持つように、シワにならないように。蝶のように花のように愛でていてこれなんだよ。なぜ理解してくれない、これだけの力の差がある事を、なぜ分かってくれないんだ……誰も、誰一人も……」


 しょぼくれながら悩むか。

 そのグルグル回る頭を、ちょっと違う方向に傾けるだけで答えに辿り着けるのにな。


「……トリニス」

「なんだ」

「へへっ、……哀れだな」


 ――――ビギッ


 また青白い空間が俺達を包み込む。

 握りつぶしていた左手を離し、俺の顔めがけて拳を振るう。

 でもな、今回はそのまま喰らったりしねぇぞ。


「……む」

 

 警戒したな? 青白い空間が解除され、時間の流れが元に戻る。

 炎魔術を限界まで高める、イメージ、集中、調節、全てが極小のズレもないままに。


「全身が白く輝くプラズマ化か、それは先ほど見させてもらったがな」

「まだだ、そこを動くんじゃねぇぞ」

「ふむ」

「魔族なんだろ? プライドの塊なんだろ? 人間如きの魔術を避けたりしねぇよな?」


 言い換えれば、簡単に避けれますよって言ってるようなもんだが。

 絶対にコイツは避けねえ、魔族は力関係が全てだ。

 俺は間違いなくトリニスから見て格下、だから、これまでの攻撃も全部受けてきたんだ。


「……さっさと放て」

「調整が、難しいんだよ、ちょっとだけ、待ってろ」


 可能な限り不純物を除き、加速させ、内々に衝突。

 聞き覚えのねぇ音、見た事もねぇ空間のゆがみ。

 

 …………出来た。

 チャンスは一回、狙う必要はねぇ。

 この魔術を放った後、俺自身がどうなってるかも想像がつかねぇが。

 自分への防護魔術なんぞ、張る余裕はねぇよな。

 

「おい、トリニス」

「ようやくか」

「ああ、いくぞ」



 超魔術:反物質プラズマ――――対消滅――――


 ズッ、ゴゴゴゴゴゴッゴゴゴッッ…………


 世界が真っ白になって、真っ黒に染まる。

 光だけの世界と漆黒の闇が同居する世界。

 空気が渦巻き、そこにあるもの全てが消滅する。


 地面が割れ、砕かれ、浮かび、消える。

 空が青を失い、星が見えるほどの闇に。

 空気、重力、法則、慣性、全てが消える。


 反物質と物質をぶつける。

 対消滅と呼ばれる現象。

 防護結界がなかったら、ここら辺一帯を消滅させる危険な魔術。


 皆、ちゃんと避難してるよな。

 母さん……後、頼むぜ。

  


★トリニス

 

 音が消えた、光が消えた、奴の魔術が、何もかもを奪いつくした。

  

「この僕が、逃げた?」


 咄嗟の判断、奴の魔術が放たれるほんの僅かな隙をついて、時間を停止し、その場を離れた。

 その行動が意味する事は、奴の方が格上であるという証拠。

 

 そんなの、あってはならない。  

 僕は魔族の中でも優秀で、生まれた時から沢山の下僕がいて、何不自由なくて。

 好きな事を好きな様にやれたんだ、それは僕が強いから、誰よりも強いから。


 殺さないといけない、この事実を知るもの、全員を殺さないといけない。

 

「…………」


 発現地点に戻ると、真っ白に燃え尽きた奴が、地面にうつ伏せで倒れこんでいた。

 両腕を失い、俺が空けた体中の穴もそのままに、全身が煤けている。


 なんだ、アイツ自らもズタボロじゃないか。

 最小限の防護魔術しか張らなかったのか? 自分の魔術で死ぬとか、間抜けだね。


 だが、僕を恐怖させた事は万死に値する。

 ……そうだ、コイツの首を持っていけば、ニーナは僕を見直すかもしれない。

 僕の方がコイツよりも強いって知れば、彼女だってきっと。


 地面に横たわるユーティの身体を持ち上げて、首に手をかける。

 本当に、人間の身体って不思議だ。

 こんなに脆いのに、どうして魔族に反抗の意を示すのか?

 逆の立場だったら、尻の穴を舐めてでも命乞いすると思うけどな。



 ――――キンッ


「え、あれ?」


 持っていたユーティが、いない。

 違う、僕の右腕が無いんだ。

 

「そこまでにしてもらおうか」


 赤い髪、白銀の鎧に、白銀の剣、凄い紋様だ、あれ全部が魔法具か。

 ユーティもいつの間にかアイツが抱きかかえてやがる。

 僕が殺さないといけないのに。

 

「……お前、誰?」

「息子が、随分と世話になったみたいだな」


 ふっと消えて、気付けば僕の目の前にいる。

 僕と同じ時間停止系か? 


 パンッ


 なんだ、今の音は。


「とりあえず、ちょっとだけお返しだ」

「お返し…………あ、僕の、左腕が」


 魔族の腕を、容易く斬り飛ばすだって? そんな人間、この世にいるはずがない。


「魔族なんだ、すぐに治るんだろ?」

「……魔族に詳しいんだね」

「ちょっと前にな、お前ん所の親玉を斬り殺したんでね」

「親玉、魔族の王を……まさか、お前」


 パンッ


 パンッパンッ


 パンッ


 両足と、顔、胴体が切り刻まれた。

 速すぎる、切れ味も、何もかもが違う。


 地面に落ちる視界のまま、見つめ続ける。


「……勇者アドル」 

「そう呼ばれていた事もあったな」

「今は、違うっていうのか」

「意図的に隠してる。国王も、村の皆も協力してくれてな。子供たちは俺の名前すら知らないんじゃないか? 知っても良い事なんか何もない、俺が勇者だと知ってしまったら、子供たちにどれだけの被害をこうむってしまうか」


 勇英育成所のシンボルの男女、その片割れ、何十回も、何百回も聞かされた名前。

 俺が、コイツを殺せば、俺が魔族の王に。


「更に、俺はもう勇者じゃない」

「勇者じゃ、ない?」

「勇者としての力は、全て受け継がせたんだ」

「受け継がせた……誰に」

「そんなの、一人に決まってるだろ……もう立てるよな、ユーティ」


 ユーティ? アイツはもう死んでるはずだ。

 自ら放った魔術で空間ごと自爆した、愚か者のはず。

 その、はずなのに。


 ……立って、いやがる。


「なぜ、生きているんだ」

「なせ生きているんだって? 知らないのか? 勇者ってのは死なないんだよ。幾ら殺されても、どれだけの困難に立ち向かっても、何回も、何十回も殺されて、死んで、死んで死んで死んで死んで、それでも諦めずに立ち上がって、人々を救うんだ」


 失っていたはずの両腕が元に戻り、死んでいた瞳に光が宿る。


「それが、勇者だ。俺の息子だけが持つ、勇者の力だ」


☆★☆★☆


次話『引き継がれし力』

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