第三十三話 最強の二人

 うっかりすると意識が飛びそうになる。

 それくらいに疲れ果てた身体に、その言葉は瑞々しいまでの安らぎを与えてくれた。

 

「こんなにボロボロになって……」

「……へへっ、なんだよ、これからって時だったのに」 

「無理しないの。いま、治してあげるからね」


 子供の頃からずっと飲み続けた母さんの水。

 飲んだ後はいつだって元気になって、思えば病気にだってなったことがない。

 これは、回復の魔法水だったんだろうな。

 喉を通る冷たくて甘い水……あー、うめぇ、五臓六腑に染み渡るわ。


「はぁ、生き返った」

「良かった、心配したんだから」


 飲み終わった途端、ぎゅっと抱き締められる。

 母さんに抱き締められるとか、子供の頃を思い出しちまうな。

 しかし相も変わらずの大きい胸だこと、父さんが惚れるのも分かるぜ。


「えへ、えへ、女、女ああああああああああああぁ!」

「ちょっと黙ってて、いまユー君の頭の匂い嗅いでるんだから」


 バシュンッってグルーニィズをひとまとめにすると、水の中に包み込んじまった。 

 足場にしていた三角水も水位が上がって、更には範囲も増強、村全体を包み込んでるぜ。

 さすが母さんだな、これならもうスタンピートの魔物は村に入る事は出来ねぇ。


「はぁ……良い匂い」

「満足した?」

「……」

「母さん?」

「うん、ユー君パワー補給した。これでママも戦える!」


 いや、アンタ余裕で戦えてたっしょ。

 どこまで行ってもマイペースでスゲェや。


「ちなみに状況把握どんな感じ?」

「全部把握済み♡」

「了解、それじゃあ目の前のめんどくせぇの、倒すの協力してくんね?」


 不死の生命体、グルーニィ。

 母さんの作り出した水の中に閉じ込められてるのに、全然苦しそうにしてねぇ。


「ユー君、あの敵に対してどんな攻撃をしてきた?」

「どんなって、燃やしてもダメ、酸欠にしてもダメ、空から落としてもダメ、おまけに人造魔獣の種で幾らでも増殖しやがる、ある種の最強生命体って感じだけど」


 一言で伝えるなら無敵、何をしても通用しねぇイメージしかねぇ。


「じゃあ見方を変えよっか」

「見方?」

「あれは、生きてると思う?」


 グルーニィが生きてるかどうか。

 喋り、食べ、考え、呼吸もしている。


「生きてると思う」

「うん、そうね。じゃあ、なんでユー君の攻撃が通用しないんだと思う?」


 俺の攻撃が通用しない理由? 魔獣だから? 人造魔獣の種があるから?

 いや、違うな、母さんの問いかけにそんな逃げ道があるとは思えねぇ。

 思考が足りない、考えが浅かったって事か。

 だとすると、俺が見落としてる何かがあるってこと。


 火も通用せず、落下にも耐え、酸欠にも耐え、水にも耐える。

 

「…………そうか」

「わかった?」

「ああ、完全に見落としてた」

「じゃあ、後は簡単よね」


 本当、ちょっと考えれば分かる答えだった。

 銀の杖はいらねぇな、これは、俺の得意分野だ。 


「じゃ、解放するよ」

「OK、いつでもいいぜ」


 水魔術教団の服装をした母さんの魔術からは、グルーニィズは逃げ出すことが出来なかったんだろう。あの服装はめっちゃエロいが、その分魔術威力が増強している。母さん曰く、別にエロくないって必死に抵抗してたけど、ごめん、隣に立ってて目のやりどころに正直困るぜ。


 さてと、気持ちを入れ替えますか。 

 ぱしゃん……と弾けた瞬間、グルーニィズは一斉に襲い掛かる。 

 よほど母さんが美味そうに見えるんだろうな、女に飢える気持ち、分かるぜ!


「おおおおおおおおんんんんんんなああああああああああああぁ!!!!」

「まずは水魔術:水気砲!」

「あたらないよ! そんなのグルーニィあたらないよ!」

「弾けろ!」

「ぼ?」

 

 水気砲はその名の通り水の塊だ、母さんの水を飲んでたらふく回復したからな!

 徹底的に濡らしてやんよ! 全ての巨大化した魔獣、全てのグルーニィさんよぉ!


 ドンッ! ドンドンドンッ! 


「そらそらそらそら!」


 ドンドンドンッ! ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!  


「なんだ? 水かけか? 冷たくて、気持ち良いだけだぞ?」

「そうだろ⁉ 気持ちいいよな! だから、もっと浴びとけって!」


 なんてったって三角水の上に俺達は立ってるんだからな、全身ずぶ濡れだぜ!


「もう満足、グルーニィ、女、女、女ああああああああああああああああぁ!」


 ハイパー勃起状態じゃねぇか! その下らねぇ称号お前に譲るぜ、グルーニィさんよぉ!


「ユー君!」

「ああ、母さん、行くぜ!」


「「水魔術基礎!」」

「ぽ?」


「「お腹の中のオシッコを意識して!」

「ぽぽ?」


「「放ッッ出ッッ!!!!」」

「――――ぽげ!!!」


 どっばあああああああああああああああああああああああぁ!!!!!!!

 ひゃーーー! 爽快っだっぜ! 

 そこら中にいる魔獣、全体が一斉に体内の水を放出していきやがる!

 

「ぽげ、ぽげ!?」

「苦しいだろ! こんなの経験したことねぇよなぁ!」

「ぽ、とま、とまらな!」

「とまらねぇよ! 俺と母さん二人で基礎魔術発動してんだからなぁ!」


 ちょっと考えれば分かる事だった。

 種を飲み込んでいる以上、奴等の種族属性は植物。


 水分を含んだ植物には火も通用しねぇ、叩きつけてもダメ、酸素を失くしても光合成で自ら酸素を補填してやがったんだ。多少のダメージは植物の生命力をもってあっさり回復しちまう、俺がしていた攻撃方法、全てが通用しないものばかりだったんだ。


 だがしかし、植物にとって水不足は致命傷だ。

 体内の水分を抜かれた植物はほんの数時間で一気に萎れていき、次の日には枯れちまう。

 

「どんな奴でも生きている以上弱点はある。ちっ、こんな事に俺が気付かないとはな」

「また一つ勉強になったね、ユー君」

「ああ、本当、さすが母さんだ」

「当然、私はユー君の親ですから」


 鼻高々にしてんなぁ、可愛いから許せるけどよ。

 

「じゃ、トドメにいきましょうか」

「ああ、グルーニィ……その醜い体の中、全部吐き出しちまいな!」


 水魔術:お漏らし! 発動!


「ごぼべぇっ、ぶっ、ぶぎゃあああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!! あああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!」」

 


「……ホォ…………ホォ…………」

「あらあら、完全に萎れちゃって、モヤシみたいになっちゃったわね」


 糸より細いんじゃねぇか? さっきの肥満体が嘘みてぇだ。


「さてと、それじゃあユー君には倒すべき敵が、まだいるんだよね」

「ああ……母さん」

「大丈夫、スタンピードは私が収めるから」


 言いながら、母さん着ている服を全部脱いだ。

 

「え、全裸で何すんの」

「この子達は恐怖から逃げてるだけ。肥沃の大地、スラッグ地方で静かに暮らしていただけなのに、人造魔獣に襲われて、その恐怖から逃げているに過ぎないの。だから、彼らの感情を根っこから入れ替えれば、それでこれはおしまい」


 ふわん……って水の羽衣が降って来て、母さんの柔らかな両肩に掛かる。

 大事な場所だけがしっかりと見えない姿のまま、母さんは踊り始めた。


「さ、水魔術教団の皆さん! ミュージック、スタート!」

「え?」


 ズンドコドコドコズンドコドコドコ♪

 ヤーッ! ハイハイハイッ! 

 ベンベケベケベケ! ベンベケベケベケ!  


 え、ちょっと、待って、なんか母さんと同じく裸の美女が集っているのですが?

 あ、一応皆水の羽衣まとってるけど、お尻とか丸出しですぜ?

 そんな美女たちが楽器奏でて、そんで母さんが躍ってる。


「え、ちょ、この人達どこから来たの?」

「ママのお友達の皆さま! ユー君と同い年の子もいるよ!」

「マジで?」

「うん! でも、ナンパするなら後にしなさいね!」

「あ、いや、はい」


 水が一気に舞い上がると、円形の虹が次々に生まれては、スタンピードに降りかかる。

 それがどこまでもどこまでも遠くに届き、次第にスタンピードはゆっくりに、単なる行進に変化していく。

 

「スゲェ……」

「恐怖で心を支配するのは、一番ダメなの」

「母さん」

「早く行きなさい、貴方の役目は、ここでママの踊りを見ることじゃないでしょ?」

「……分かった、ちょっとムカつく奴がいてさ」

「うん」

「ソイツ、ぶっ飛ばしてくるわ」


 母さんのノリですっかり気がそがれちまったが。

 大丈夫、一瞬で戻るぜ。


「ユーティ」

「……」

「ガツンって、やっつけて来ちゃいなさい!」

「…………了解ッ!」


☆★☆★☆


次話『勇者対勇者』




※改稿に改稿を重ね、投稿が今になってしまいました。 

 遅くなり誠に申し訳ございません!

 ユーティパパも出すつもりだったのですが、彼に関しては次話以降になります!

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