第三十二話 終わらないスタンピード

☆ニーナ

 

 鎖に繋がれたまま、表に出てユーティの戦いを一睡もせずに見つめる。

 スタンピードが始まって、もう丸一日が経過した。


 時たまに見える炎の熱線と、水の斬撃が彼の生存を教えてくれる。

 二十四時間、一日中、ずっと戦い続けてる。


 ガウ君が運んできてくれる、魔物の死骸の数。

 もう、数えきれない量だよ。焼いても焼いてもキリがないよ。

 なのに、ユーティはまだ戦ってる。

 終わらない戦いを、この村の為に、私の為に。

 

「私、私も戦いに行きたい」

「ダメだ」

「だって、ユーティが、ユーティが死んじゃう!」

「俺には関係ない」


 平然とした顔をするコイツが許せない。

 怒りで心がドス黒い感情で塗りつぶされる。


「……卑怯者」

「……」

「卑怯者! このスタンピードだってお前が仕込んだんでしょ!? そんな事をして、貴方は一体何がしたいの!? 私は絶対お前なんかと旅に行かない、もしユーティが死んだら、この場で私も死ぬんだから!」

「残念だったな、この鎖が繋がっている以上、君は死ぬことが出来ない」

「それでも! ……あぐっ」


 掴んでいた鎖を短くすると、トリニスは私を地面に叩きつける。

 

「おい! お前!」

「近寄るな、お前たちが近寄ったら、この娘を斬り刻むぞ?」


 近くにいた村の人が声を掛けるも、トリニスは止めようとしない。

 凄い力だ、私よりも強い。


「……あは、やっと本性を見せたわね」

「黙れ」

「その方がずっとスッキリするよ、貴方はそっちの方がお似合いね」

「黙れと言った」


 ほら、そうやって女の顔を踏むことが出来るんだ。

 どこが勇者よ、こんなクズ。


 険悪な空気のまま、二日目が過ぎようとする。

 どんな状況で、どんな顔をして、貴方はいま戦っているの。

 祈る事しか出来ない、願いの鎖、これがユーティにつながっていたら。

 

「お願い……ユーティ……死なないで」


 聞こえてくるのは、彼が使う魔術の音だ。

 それだけが、私の希望。



☆ユーティ


 三日目の太陽が上がる……まだ、終わらねぇな。

 アイツ、どうやって終わらすつもりだったんだ? 


 さすがに長すぎる、西の彼方、どこまでも続くこの魔物の流れの根本に何がある?

 大型クラスの奴らも数体ぶっ倒したが、奴らが怯える種ってなんだ?

 

 ……種、スタンピードを操る何か。


「…………っと、ダメだ、考え事すると眠っちまいそうだ」

  

 水魔術:魔物モンスターエナジー 

 あー、目が覚めた。もうちょっと糖分欲しいな。


「ジルバ」

「ギャウグア!」

「交代でちゃんと休めよ、お前たちの誰か一人でも倒れたら――――」

 

 共に戦ってくれる仲間をいたわっていた時に、ソイツは姿を現した。

 スタンピードの流れの中に潜んでいたソイツは、朝日に隠れながら刃を飛ばす。

 宙を舞う血飛沫、切り裂かれた飛竜の翼。


「テメェ!」


 水魔術:水気泡すいきほうを打ち込むも、ソイツはあっさりと避けて姿を消した。

 完全に油断した、魔物たちは走るだけで、攻撃してくんのは足を止めた奴だけだったから。


「水魔術:治癒水……大丈夫だジルバ、傷は直ぐに治る」

「キュルル……」

「だが、危険だからちょっと逃げとけ、カダスとゾレントも近寄らせるな」


 スタンピードの中を自由に泳ぐ化け物か。

 多分、コイツがその種って奴の可能性がある。


 なら、終わらせることが出来る。

 このくそ長い便秘十日目みたいなスタンピードを、終わらせることが出来るんだ。


「出て来いよクソ野郎が! どうせ勇者の仲間なんだろ!?」


 ダメ元で叫んでみると、意外にもそいつは正直に飛び上がって、俺の前に降り立った。


「……えへ、えへ」


 ずんぐりむっくりの身体したズボンだけ穿いたキモイのが出てきたな。 

 普通の人間がスタンピードの中を歩いてこれるはずがねぇ。

 つまりはコイツも化け物、カッティスレベルって考えた方がいいな。


 一見するとドワーフ、しかし瞳の部分は真っ黒に塗り潰されたみたいにがらんどうで、髭も髪の毛もなにも生えていない。えへえへ笑う口の中にも歯が一本も生えてないのか、目の部分と同じ真っ黒な空洞だけが喉奥まで見え隠れしてやがる。


 身長はドワーフ宜しく、俺の腰くらいしかねぇのに、体重は俺以上にありそ。

 何にしてもマトモな人間じゃねぇってのは確かだ、カッティス宜しく、魔族なのかもな。


「お前が、種って奴か?」

「種、種なら、いっぱい蒔いてきた。トリニスに言われて、人造魔獣の種、いっぱい」

「人造魔獣?」

「うん、そう。大きいの、西の方で、何百って人造魔獣が、ズシーン、ズシーンって、してる」


 カッティスの時も思ったけど、魔族ってバカなんだろうな。

 自分の勝利を疑わず、どうせ殺すんだからと秘密にすべき事柄を何も隠そうとしない。

 そうか、種って本当にそのままの意味だったんだな。人造魔獣の種か……。


「なぁ、その種ってもうないのか?」

「種、欲しいのか?」

「ああ、これでも魔術研究しててさ、新しい物はなんでも欲しいんだ」

「うーん……でも、お前、さっきグルーニィのことクソ野郎って言った」

「それは正直に謝る」

「なら、やる」


 ズボンの中に手を突っ込んで、ぴょいって投げてくれた。

 うん、馬鹿だね。


 しかし、これが人造魔獣の種か……本当に植物の種にしか見えねぇぞ? 一体どこの研究機関がこんなの作り出したんだ? それにトリニスが持ってた願いの鎖、あれだって結構な希少品のはずだ。勇者だからって理由にしては、所持品が希少品すぎる。……いや、希少じゃないのか、何百って蒔いたって言ってたもんな。


「えへ、えへ」

「……なんだよ」

「その種、栄養は人間なんだ」

「なに?」


 ぐっ、いつの間にか指先から種が体内に侵入してやがる。

 まるで蚊に刺された時みたいに、痛みも何も感じなかったぞ。

 

「えへ、えへ……これでお前も、人造魔獣だ」

「へぇ、そいつはどうかな?」


 右手で良かったぜ。

 右手なら、埋め込まれた種ごと燃やす事が出来る。

 プラズマまでいく必要はねぇ、燃やすだけで十分だ。


「あー……燃えちゃった」

「そうだな、燃えちゃったな。なぁ、一個だけ質問いいか?」

「えへ?」

「この種、正確には何粒蒔いたんだ?」

「何粒……ひとつ、ふたつ……うーん? トリニスが、何百って言ってたから、何百だ」

「へぇ……お前、何百人殺してきたんだよ」 

 

 えへ、えへって笑う顔がどんどんドス黒い物になっていく。

 最近の勇者はこんな魔族と一緒に旅をするのが流行ってんのか?

 いい加減頭に来たぜ、人を人と思わない思考回路、こういう奴らは生きてちゃダメだろ。


 ドンッ! って水気泡を撃つも、アッサリと避けられちまった。

 図体の割に身動きが早い、しかも当然のようにスタンピードの中に逃げ込みやがる。


「えへ!」

「人の背後ばっかり狙ってんじゃねぇよ!」


 炎魔術:灰のアル権力を持つものクシャトリア

 

「ばぁ」


 なっ、コイツの口の中から、魔獣が。

 何匹もの魔獣が口の中から吐き出されてきやがる。

 ……そうか、こいつ、スタンピードの中を普通に歩いてこれるんだ。 

 近くにいる魔獣を取り込みながら・・・・・・・、平然と歩いてきたんだ。

 

「まとめて燃えろおおおおおぉ!」


 だが、俺の灰のアル権力を持つものクシャトリアなら、それら全てを燃やし尽くす事ができ――――


「ばぁ」

「ばぁ」

「ばぁ」

「ばぁ」

「ばぁ」

「ばぁ」

「ばぁ」

「ばぁ」

「ばぁ」


 ――――は!? 炎を逃れた魔獣の口の中から、次々とグルーニィが出てきたんだが!? 

 取り込んだ魔獣の体内を自由自在に移動できる……ってこと!? いや違う、これだけの数が同時に存在してるんだ、もっと違う理由――――


「ぐはっ!」


 頭を高速回転させてたら、グルーニィから放出された魔獣の突進をモロに喰らっちまった! 


「ダメだ、考えるのは後! 全員燃やし尽くしてやる!」

「えへ、えへ、燃える? グルーニィ、燃える?」

 

 プラズマ化はその後動くことが出来なくなっちまう、それに既に水の方は枯渇してやがる。 

 炎だけだ、俺の身体に残ってるのは炎だけ、だから、この化け物を燃やし尽くす!


「炎魔術基礎! 炎魔術は温かいと思う所から始まる!」

「えへ?」

「体内の熱をイメージする! 熱量の操作、全身を燃え上がらせるように! 発火ァッ!」

 

 ドンッ! って全身をマジで燃え上がらせた。

 幼い頃、父さんから教わった炎魔術の基礎。

 魔術学校でも同じことを教わったけど、それは杖ありきだった。

 父さんは杖もなく、ドラゴンブレス級の炎を噴出させていた。


 今なら分かる、父さんは、母さんに匹敵するくらいの炎魔術の使い手だ。


 全身を炎の鎧が包み込む、それだけでグルーニィの生み出す魔獣は近寄る事を止めた。

 火を怖がるのは生命の基本だ、魔獣も変わらない。


「包み込め、そして打ちあがれ!」


 右手から噴出させた炎がグルーニィ達を包み込み、その炎が天高く打ち上げられる。 

 炎で出来た牢獄、名付けるなら炎魔術:炎獄えんごくって所か。

 もう、逃げられないぜ、グルーニィ。


「えへ…………えへぇ!? 熱、熱、燃える、グルーニィ、燃える!?」

「そうだな、このまま燃え尽きちまえば、楽に死ぬことが出来るぜ?」


 グルーニィ達の周囲全てを包み込み、炎だけが存在する極熱の空間。

 これだけの熱波だ、どれだけ増殖しても、いつかは灰に。


「えへ、えへ…………グゥーニィ、もえない」

「……」

「もえないよ、ぐるーにぃはもえない。ごのままじなない」


 全身が灰になって真っ黒になったのに、それでも死なないか。

 カッティスの時と同じだな、本体が姿を見せやがった。

 腹から角が生えた化け物、やっぱり魔族か。


「もえばばいぼ、ぐるーびぃは、ぼえばい…………ぶ?」

「まだな、本命が残ってんだよ」

「ぼんべい」

「いい加減死ね、種の情報ありがとうな」

 

 周囲の火力を一気に上げる。

 これはカッティスも知ってたことだぜ?

 酸素が無くなれば、生きてはいけないってな、

 

「ぐぶぶ……ぐぶーびぃば、もえばい…………も…………」

「苦しいか、お前が奪い取った何百の命だって苦しんだんだよ」

「…………ぶっぶ…………」

「きっとお前のことだ、少しも懺悔なんかしねぇだろうな。だから、無言のまま死ね」


 ぐぐぐぐぐっと右手に力を込めて、炎獄を縮めていき、そして、空高く打ち上げた。

 もしかしたらグルーニィは不死の可能性がある。

 取り込んだ命の数、それだけ死ねる可能性。

 

 空の彼方、真っ暗な空間で一生死なずに生きててくれよな。一生殺し続けてやっからよ。 


「あー……しかし、ちょっと疲れたな」


 空のお星さまになったグルーニィを見届けて、視界を真正面に戻す。

 茶色い絨毯、地平線まで続くスタンピード。

 まだ、続いてんのか。しかも、何百の人造魔獣だと? 正直、一人はきついぜ。


 ――――――ズンッ!


「……あ?」

「グルーニィ、死なない」

「…………ちっ、まだ生きてんのかよ」


 全身から煙拭きだし、奇形花みたいなぐちゃぐちゃな体のまま降ってきやがった。

 すげぇな、魔族、プラズマ化までやらないとダメか。

 そうだよな、カッティスだって十万度まで耐えてたんだ。


 やらないと、ダメか。


「グルーニィ死なない、種で幾らでも増える」

「……マジか」


 えへえへ言いながら、ズボンのポケットから大量の種を取り出しやがった。そしてそれを自分の体に取り込んでやがる。無限増殖かよ、しかも溢れた種を付近の魔獣が食って、そいつも奇形&巨大化してやがる。


「えへえへえへえへ」


 何十というグルーニィが出現し、何百という魔獣が巨大化する。


 水も炎も、魔力もスカスカだ。


 スタンピードと魔族一体くらいなら、どうにかする自信あったんだがな。


 三日間、頑張った方かな。

  

「えへえへえへ」

「まぁ……道連れぐらいにはしてやるけどな」

「道連れ? 床ずれ、いたいいだい、ね?」

「クソつまらねぇの」 


 終わらせるか。


 ニーナ……。




「ユー君」


 ……。


「一人で、よく頑張ったね」


☆★☆★☆


次話『最強の二人』

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