第二十九話 ヒーローの帰還

 肉体のプラズマ化の反動か、朝になるまで身体が全然動かなかった。 

 さすがに十万度はやり過ぎたか、恐ろしいまでに動かねぇ。

 今後の研究の糧になるな、なんて考えてたのは内緒だ。


 ユアについてティアに説明すると、悲し気な表情をしたものの、納得はしてくれた。

 

「そっか……ラズさんの記憶が戻ったんじゃ、しょうがないよね」


 顏で笑って心で泣いてが透けて見えてて、もう一度抱き締めたかった。

 が、身体が痛くて何も出来ねぇ。ミリでも動くと死ぬぜ。


 レミを襲った犯人云々は、伝えた所で意味が無いと思い、一切伝えなかった。

 僅かな時でも一緒に過ごせたあの時間が、なんだか穢れちまう、そんな気がした。

 全てを知った上で一緒にってのは、やっぱりご都合主義なんだろうな。イテテ。


「ユーティ、今日は一日休むでしょ?」

「本当は動きてぇんだが、身体が動かねぇのよ」


 ロカ村がスタンピードの進路上にある。

 この話をティアから商工会にした所、観測班がそれらしき砂埃を見つけたらしい。


 救助班を組むかどうかって議題に上がるも、ユニマス自体も昨日の襲撃でそれなりにダメージがある。勇者がいるのなら行く必要はないんじゃないのか? みたいな議論も起きてるらしい。 


「この街は勇者様様だったから、勇者が悪だ……なんて、簡単には信じてくれないんだろうね」

「まぁな、そこら辺は予想出来てたけども」

「でも、ユーティは行くんでしょ?」

「もちろん。ティアは?」

「私はここに残るよ、ユアが帰って来た時に誰もいないんじゃ寂しいでしょ? ……あ」

 

 言葉にして、私なに言ってるんだろって、ほろりと涙が落ちるんだ。

 ダメだな、まるで本物の娘が居なくなっちまったみたいだ。

 かたことで、パパとママが大好きって微笑む。

 

 ぎゅっと、唇を噛んだ。


「観測班は、ロカ村がスタンピードに飲み込まれるまで、どのぐらいって言ってた?」

「……明日の昼くらいって、言ってたかな」


 無理な話題切り替え、その意を汲んでか、ティアは目端を拭いとって返事をする。

 

「じゃあ、遅くとも明日の朝には到着しておきたいな。色々と準備も必要だし」

「……身体、治るの?」

「治すんだよ」

「……私、こういう時にも、何も役に立てないよね」

「別に気にする必要ねぇだろ」

「気にするよ、レミだったら傷治せるのに。ニーナだったら一緒に戦えるのに。私は何も」


 随分と弱気な泣き虫になっちまったもんだな。

 心のダメージが思っていた以上に大きそうだ。


「俺の幼馴染なんだろ、安心しろよ」

「ユーティ」

「責任は取る、だから、な」


 大人になった今となっちゃ、その言葉の意味は理解できる。

 でも、俺とティアの間には、ユアという傷が残っちまった。

 その責任は、どう取ればいいんだろうな。わかんねぇ。


 午後になり、ユニマス自警団の奴等がまた俺へと事情聴取へとやって来やがった。

 あの時とは違い随分な低姿勢で、なんか納得がいかねぇ。


「となると、その爆薬を用意したのが、あの連中という事ですか」

「おお、そうだな。まぁその中のラズベリーはもう居なくなっちまったから、他の雷魔術師……ああ、昨日のカッティスじゃねぇぞ? もう一人盗賊っぽい奴がいたろ、そいつとハゲゲイを追跡した方が話が早いと思うぜ」

「その二人も消息を絶っています」

「マジ?」

「多分、話の感じだと処分されたのかと……。しかし信じられません、カッティスさんが武具マーハロンを爆破しようとしてたなんて」


 ま、別に信用してくれなくてもいいけど。

 証拠の液体火薬は保存してあるし。


 ていうか勇者って容赦ねぇな、失敗したら即殺すって、どこの犯罪組織だよ。

 まだ見た事ねぇけど、きっと気持ち悪い連呼されてるNTR作品に出て来るチャラ男みたいな奴なんだろうな。


「多分だけどよ、ユニマスにも同じ手口使ったんだと思うぜ? 何かしらを利用して、魔物を攻め込ませて、自分達で救う。オナニーかって話だよな、テメェで事件用意して人様に迷惑かけて、それをさも自分の手柄のようにテメェで解決すんだからよ。そんで澄ました顔して『勇者の役目です (キリッ)』とか言ってるんだぜ? くせぇくせぇ」

「その……何かしら、とは」

「あー、そこだけ詳細が分からねぇ。種って言ってたけどな」

「種?」

「そ、種。なんか心当たりある?」

「いや……何も」


 コイツ等役立たずじゃねぇか。

 イチから教育し直してぇー。


「もう俺から聞きたい事は何もねぇっす。治療に専念したいんで帰って貰っていいですか」

「あ、ああ、水魔術を使えるんだもんな、治療の邪魔をして済まなかった」

「うぃっす」


 昨日のプラズマ化以降、微妙に水が上手く発動できねぇ。

 まぁ、深刻な状態ではないけども。


「そういえばなのですが」

「なによ」

「勇者の動向が分かりましたので、それも併せて伝えておこうかと」

「お前、それが一番肝心じゃねぇか! まったくもー、一番大事な内容は一番最初にだろ?」

「は、はい」

「そんで? その馬鹿はロカ村で何してんだ?」

「その、ニーナさんという竜騎士を口説いているとか」


 ほっ? 


「……あの、トリミナルさん?」

「……あ、ごめん、予想外すぎて我を忘れた」


 ニーナを口説いてる? あの女ゴリラを? いや、今は巨乳美人だけど。

 まさか、スタンピードを自分の力で解決して「僕かっこいいでしょ?」をするつもりか?


 え、待って、じゃあ何か? 勇者様御一行はニーナ一人の為に武具店二個潰して、更にはスタンピードを発生させて村をも危険にさらそうって考えてんのか? バカじゃねぇの? 最強にコスパ悪いじゃん、考え方が童貞なんだわ、童貞勇者じゃん、童貞クソ勇者、クソクソクソクソ……


「なんか……頭痛くなってきた」

「はぁ」

「おい、そこのお前」

「……え? あ、私ですか?」

「そう、そこの俺のこと以前ハイパー勃起って記録した書記官、アンタに頼みがある」

「頼み、ですか」

「悪いんだけどさ、俺の車、取って来てくれね?」


☆★☆★☆


 あー、ようやく身体が動くようになってきた。 

 水魔術も使えるようになったし、アレだな、体内魔力が枯渇したんだろうな。

 ん、頭のてっぺんから足のつま先まで、全身びんびんに行き渡ってるぜ。


「ユーティ」

「ティア、献身的な介護、誠に感謝だぜ」

「……うん」


 ずっと側にいてくれて、美味しいご飯を食べさせてくれて。

 マジで感謝って奴だ、ティアは間違いなく良いお嫁さんになれる。

 

「そろそろ朝になっちまうな。ま、改造した蒸気四輪なら問題ねぇか」

「ねぇ、ユーティ」

「うん?」

「その、ユーティってさ、ラズベリーさんとキス、したんだよね?」


 これからスタンピードぶっ潰そうって時に、嫌なこと思い出させてくるのヤメて。

 巨乳お姉さんとのキスだと思ってたのに、実際は男でオッサンでしたってか?

 ま、まぁ、俺は過去の事は気にしないタイプですから?

 記憶の中では美女とのキスですけど?

 無理だ、吐きそう。


 ――――。


 俯いた瞬間、赤い髪が目の前にきて、心地よい香りと共に、唇が熱に犯される。


「……え」

「責任、果たしてくれるって言ってたから」


 抱き締められながらするキスは、彼女の優しさとか、愛情とか、全部を体現していて。

 一回で蕩けちゃうような、そんな甘いキスを、二度三度と繰り返す。

 二人の唇が離れた後も、距離は凄く近くて。

 おでこを合わせたまま、ティアは微笑むんだ。

 

「でも、そんなの、気にしなくていいからね」

「お、おぅ」

「ユーティは本当に好きな人と、一緒になればいいと思うよ」

「……」

「私じゃなくても、私には最高の思い出があるから」


 ティアとユア。

 ほんの少しの間だったけど、家族だった。

 

 ……ったくよぉ。


「ティア」

「うん」

「お前を泣かせた勇者は、俺が必ずぶっ飛ばしてくる」

「……うん」

「だから、もう泣くな」

「…………うんっ、ひっく……ユーティ……ユーティ…………うえええぇ…………」


 本当によぉ、俺の幼馴染を泣かせた罪は果てしなく重いぜ?

 全力でぶっ飛ばしてやっから、覚悟しろよクソ勇者様よ。



「じゃ、行ってくる」

「……うん、気をつけて」


 改造型蒸気四輪、左右に取り付けた鉄の風車に、熱で圧縮した空気を送り出す事で加速する。

 あの書記官、手の動きだけはしっかりとしてたからな。

 こういうのも得意だろって思ってたら、案の定だったぜ。

 

『これは凄い発明だ、トリミナルさん、私の工学熱が燃え上がってきましたよ!』


 なんて言っててよ。

 次会った時は技師になってるかもしれねぇな。


 さて、お得意の蒸気魔術を発動してと。

 お、進み始めたな、うんうん、計算通り。


 ぐーっと加速していく感じは、以前よりも遥かに速い。

 こりゃ前よりも早くロカ村に帰れそうだ。


「ユーティ!」

「ん?」

「私! ユーティの事がずっと大好きだから! 大好きだからー!」


 どんどん遠くなっていくティアの告白は、しっかと胸に受け止めたぜ。

 サムズアップで返事をして、一気に加速する。


「レミもティアも、なんだか昔を思い出しちまうな」


 やっぱり、幼馴染って最高だ。

 女の子との仲良し♡って奴は、こうじゃなくっちゃな。


「…………っていうか、加速ヤバくね?」


 ちょっと待て、なんか想像以上に加速してません?

 あれ、蒸気止めたのにぐんぐん加速して、空気抵抗とか、え?

 待て! 待て待て待て待て! これ、ヤバイ! 左右の風車が風を拾って、これ!


「飛ぶ! やべぇ! 飛んじまう!」


 あー!!!! 飛んじゃったー!!!!

 車輪が地面を離れちゃったー!!!

 

 うぐおおおおおおおおおおおお! ヤバイ! これヤバイ!

 どこまで飛ぶんだ!? 見当もつかねぇ!


 急斜面の山を駆け上がり、そのままシュバンッ! と飛び立った俺の改造蒸気四輪。

 あり得ない程の速度で空を舞った車は、虹のように綺麗な放物線を描く。

 そして、ちゅどーん! という音と共に、そのままロカ村の集会所に突き刺さった。


「アイテテテ……」


 咄嗟に水魔術張ったけど、大丈夫だったか?

 村人とかいたらやべぇんだけど……ん?


「ユ、ユーティ?」


 おやおや? なんだか可愛らしい服装のニーナさんがおりますね。

 村の重役にニーナの両親や妹さんまでいるじゃねぇの。


 そんで、ニーナの隣にいる茶髪野郎が噂のクソ勇者か。

 おんやぁ? ニーナとクソが鎖で繋がれてますねぇ。

 おやおやぁ? 


☆★☆★☆


次話『最後の防壁』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る