第二十八話 対峙③

「全く……僕を怒らせないでもらえないかな」

「お前が俺達にちょっかい出したんだろうが」

「だから、そういう口の聞き方を直せと言ってるんだ」


 カッティスが指を向ける、それだけで真っ白な稲光が真横に飛んでいきやがった。

 ッガゴオオオオオオオッ! って、相変わらず音がうるせんだわ。避けますけど。

 

「なんだよ、呪文詠唱は止めたのか?」

「詠唱はイメージ補助にしか過ぎない、お前だって知ってるだろ」

「当然」

「お前も知識に相当な自信がありそうだな。じゃあ、今度は僕から問題を出させて貰うよ」

「お、知識比べか? いいじゃねぇの、そういうのの方が得意だぜ?」

「問題、雷の温度は何度でしょうか?」

「三万度」

「正解、じゃあ死ね」


 知識比べでも何でもねぇじゃねぇか!

 中分クソメガネ糸目野郎、真っ白な閃光を何本も発射してやがる!

 

「超純水バリアー!」

「それウザイよ」

「ウザイですかそうですね!」

「その変な水が電気を通さないのは理解した。だから、加熱して蒸発させる」


 あっはっはっは、少し考えれば分かりますな。

 ヤベ、逃げろ! ぶっちゃけ逃げきれる気がしねぇけどな!


「ほらほら、当たったら死んじゃうよ? 即死だよ?」

「ちょ! 待て! 他にもお前さんに聞きたい事があんだよ!」

「聞きたいこと?」


 瓦礫を盾にして逃げてたが……お、ようやく攻撃が収まったか。 

 アイツの周囲を浮遊してた雷球が、アイツの弾って感じなんかな。

 なるほどなるほど。


「肝心かなめの部分なんだけどよ。お前たち、武具店潰して何がしてぇの?」

「……」

「ラズが大量の武具が必要になるって言ってたんだよ、それって何か企んでのことだよな? てっきり金儲けの為かと思ってたんだが、今度は爆破だ。お前らの行動理念がさっぱり理解出来ねぇ。この街から武具店潰して何がしたい? 目的は一体なんだ?」


 質問攻めしてたら、くっくっくって笑い始めちまった。

 俺が分からない事が相当嬉しいらしいな、あのクソメガネ。


「分からないか、そうだよねぇ! 君みたいな愚か者には理解出来ないよねぇ!」

「ええ、だから教えてくれませんか」

「ダメだね」

「ケチ」

「くっくっく……ふっ、ふふっ、じゃあ、問題を出すよ」

「問題? お前しつけぇな」

「今からこの光球で燃やされる馬鹿は、だーれだ?」


 浮遊してる雷球が幾つも合体して、でっけぇ一つの弾になっちまった。

 あー、すげぇな、ここら辺が昼間になっちまうぐらい明るいぞ。

 

「光球で燃やされる馬鹿か。うーん、カッティスとかいうバカかな?」

「……くだらないね、君」

「あっそ、じゃあお前とは笑いのツボが違うって事だ」

「僕達は永遠に馬が合う事はないらしい、サヨウナラ、お馬鹿さん」


 得意げに放たれた光球は、雷の速度そのままに俺へと直撃する。

 衝撃で俺の身体は吹っ飛ばされ、近くにあった建物へと激突した。

 その後も放電を繰り返し、都度、周囲は明るくなり、衝撃を伝える。


「……ふん、雑魚のくせに僕を怒らせるからだ」


 よっぽどの自信なんだろうな。

 まぁ、魔術師って生き物は、得てして偏屈な自信家が多い。

 研究して、自慢げに発表して、反論されたらキレて。

 何年も研究して、発表すればいいのにしないで、また研究して。

 そんな奴等ばっかりなんだ……だから、魔術師は面白い。


「さて、もう一個の仕事を片付けるか」

「……おい、どこに行くんだよ」


 ふぃー、ビックリした。

 あそこまでぶっ飛ばされるとは思わなかったぜ。


「……お前、何で生きている」

「なんででしょうね? 知りたい?」


 ポンポンポンと光球を生み出し、俺へと投げつける。 

 あら、それってば結構お手軽な魔術なのね。

 てっきり最終秘奥義かと思ったよ。


 それらを片手で受け止めて、ぎゅっと握りつぶす。


「まぁ、もう効かねぇけど」

「三万度だぞ、それに水魔術使いなんだ、感電死してもおかしくない」

「お前さ、俺のこと舐めすぎ」


 一瞬で距離を詰めて、カッティスの肩を掴む。

 それだけで奴の肩が燃え上がった。


「なにっ!? ぐがああああああああああぁッッ!!!!」 

「やっと魔獣らしい悲鳴上げたじゃねぇの」

「貴様、貴様、一体なんで、なんで死なない! それに、その姿は」


 お、ようやく気付いた? 

 正直、カッティスと似てっから躊躇しちゃうんだけどよ。


「俺の右半身、真っ白だろ。それに燃えてるように見えるよなぁ?」

「貴様の得意分野は、水魔術じゃないのか!」

「水魔術は、女体の神秘が知りたかったから極めただけだ。俺の得意分野は炎魔術だよ」

「炎!? だが、炎とて雷魔術には到底及ばないはず!」

「そりゃ一般論の話だろ? 俺を誰だと思ってやがるんだ?」


 大体よ、手にした杖で見抜けって話だ。

 熱伝導率が一番高い素材、銀の杖だぜ? 一目見ただけで疑えってんだ。 


「じゃあよ、問題大好きなカッティス君に最後の問題だ。火は何度まで熱くなるでしょうか?」

「火? ……火の温度なんか、いいとこ千度くらいなんじゃないのか」

「正解は、その身で味わってもらおうかな」


 ぎゅっと、肩を掴む手に力を込める。

 さぁ、楽しめよ、楽しい楽しい答え合わせの時間だぜ?


 千度、

 千二百度、

 千五百度、

 二千度、

 二千五百度、

 三千度、

 五千度、

 六千度、

 七千度、

 八千度、

 九千度、

 一万度、

 一万二千度、

 一万五千度、

 一万八千度、

 二万度、

 二万五千度、

 三万度、


「ば、バカな! バカな! 一体どこまで上昇するんだ!」

「安心しとけよ、周囲に防護魔術は張ってある。町が燃える心配はねぇぜ」

「そんな心配、そんな心配僕はしていない!」


 四万度、

 五万度、

 六万度、

 七万度、

 八万度、

 九万度、

 十万度、


「ぐああああああああああああああああぁ! 燃える! 身体が、燃える!」

「おいおい、まだたったの十万度だぜ?」

「バカな、そんな馬鹿な! 火がそこまで熱くなるはずがない!」

「残念、そろそろ正解を教えてやろうか」

「ひぎゃああああああああああぁ!」


 ぶっちゃけ、ここまで耐えるとも思ってなかったけどな。 

 臨界点を超えたカッティスの身体は炭クズになり、サラサラと朽ち果てる。

 なんだか、強敵だったのに、あっけねぇラストだな。

 

「正解は、計測不能だよ。プラズマと化した火は、一億度を優に超えるぜ」


 ……ふぅ……


 液体から気体に、気体からプラズマに。

 ここまで試した炎魔術師は世界に俺くらいのもんだろうな。

 魔術学校で試したら「世界を終わらすつもりか!」って怒られたし。


 ――――イデッ! 


 いっっ、っつぅ、全身が燃えるようにイテェ。

 肉体のプラズマ化は一回しか試してねぇけど、やっぱり多用は禁止だな。

 二回目は俺の半身が耐えられなくて、自分の魔術で完全に溶けちまうぜ。


「……あ、いっけねぇ、コイツの最終目的、訊くの忘れてた」

「大丈夫、全部教えてあげるから」


 ん? 誰だ? 随分と甲高い声だったけど。

 周辺に防護魔術張っておいたんだがなぁ。

 戦いの最中に破れちまったのか、あちこち街がボロボロだ。

 声の主がどこにいるんだか、全然わかんね。


「……下だよ、コッチ見な」

「下? 下って……ユア!?」


 おいおい嘘だろ、買ったばかりのジャンバースーツに身を包むユアが下にいるんだが?

 しかも流暢に会話してやがるんだが、一体どういうこと?


「え、ごめん、今日イチ驚いた」

「そいつはどうも。驚いたのはアタシもだけどね」


 五歳児の姿のくせして、生意気に腕組んでやがる。

 あんなに可愛い娘だと思ってたのに、まるで別人だぜ。


「……その感じ、ラズに戻ったのか?」

「ラズ……っていうか、その前の姿もあるんだ」

「その前?」

「アタシは元々男だった」

「男!? ごめん、今日イチ驚いたの秒で更新されたわ」

「そ、しかもアンタにケツを焼かれた男だよ」

「俺にケツを? ……………………え?」

「レミ・マーハロンを襲ったのは、アタシだよ」


 ごめん、理解が追い付かない。


「えっと?」

「安心しな、アタシはこのまま姿を消すから」

「……」

「あと、約束は果たすよ。……ロカ村がヤバいぜ」

「ロカ村? ロカ村って、どういう意味だよ」

「詳しくは私も知らない、ただ、スタンピードってアイツ等は良く言ってた」


 スタンピードって、確か大型生物の大行進だよな。

 それがロカ村を狙ってるって事か? しかも意図的に?


「な、なぁ、ラズ、もうちょっと詳しく」

「ダメだ、ママ……ティアがアタシを探してる」


 確かに、ユアの名を呼ぶティアの声が遠くから聞こえてくる。

 

「……本当に、いいのか?」

「何がさ」

「その……俺は、別に」


 三人での生活が、少なくともあったけぇって感じちまったんだ。

 ユアがいなくなったら、ティアが絶対に悲しむ。だから。


「ダメだね、ケジメは付けるよ。アタシはレミを襲い、ティアを破滅させようとした。自分の私利私欲に負けて、挙句の果てに利用されて殺された、バカな男なんだ。蘇生してくれてありがとう……あと、この洋服、ありがとうって、ママに伝えておいてくれよな」


 バイバイ、パパ。


 そこまで言うと、ユアは一人、都会の闇の中に消えちまった。

 追いかけて抱き上げる事も出来たかもしれねぇ。

 でも、俺にはその選択は出来なかった。


「あ、ユーティ! ユアが、ユアが急にいなくなっちゃったの! なんか急に白く光って、それはすぐに収まったんだけど」

「……そう、なのか」

「うん、ユーティも探して! 絶対あの子一人で泣いてる、探さないとだよ!」


 必死になって探して、また三人一緒の布団で眠って。

 毎朝ご飯を食べて、毎日可愛いって言って、毎日一緒に笑って。

 そういう温かいのを、ティアは望んでたんだよな。


 何年間もずっと、一人ぼっちだったから。


「ユーティ、一緒に探さないの?」

「…………ごめん」

「ユーティ? そんな、苦しいよ」


 今は、抱き締める事しか出来ねぇ。

 こんな思いをさせちまった俺は、心の底からクソ野郎だ。


☆★☆★☆


次話『ヒーローの帰還』

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