第二十七話 村の守り手として
スタンピード。
トリニスさんからこの言葉を聞いた時は、思い出すことが出来なかった。
でも、ドラゴン育成師の受験勉強をしている時に、この言葉は確かにあった。
何かを恐れた魔物や動物が、突然同じ方向に走り始めることを意味する言葉、それがスタンピード。
「私の仲間にグルーニィという男がいるのですが、彼は魔物や動物と会話をすることが出来るのです。その彼が私へと教えてくれました、ユニマスの時とは比べ物にならない程のスタンピードが発生し、この村目掛けて走り始めていると」
「……方角は?」
「ここから西、まだ数日は掛かると思いますが……ニーナさん?」
「実際にこの目で確認しに行きます、適当な情報を流す訳にはいかないから」
ロカ村だって小さい村じゃない。
牧場の他に畑や農業を営んでる人が沢山いるし、商業を生業にしてる人もいる。
宿泊施設だって飲食業だって、ようやくこれから発展していく村なんだ。
いくら勇者の言葉だからって、鵜呑みにして行動する訳にはいかない。
「ジルバ、ちょっと大変かもしれないけど、宜しくね」
ユーティが名付けてくれた、まだ若い飛竜のジルバ。
この子の速度なら、きっと一日でそこまで辿り着くことが出来るはず。
カダスとゾレント、この子達は明日のショーの為に置いていかないとかな。
なんて思っていたら、トリニスさんがゾレントに跨ってしまった。
「え、ちょっと」
「大丈夫、これでも飛竜には慣れてるんだ」
「慣れてるって……それにそのヘルメットとゴーグルは」
厩舎の入口付近から覗きこんでいたユナが、見つかった! みたいな顔をして逃げた。
また勝手に備品貸出しして……帰ったらお説教しないと。
「この子、名前は?」
「……ゾレント」
「へぇ、良い名前だ。ゾレント、宜しく頼むよ」
ぽんぽんとゾレントの首を叩くと、彼はヘルメットをきちっと締めた。
ジルバは命名者に似たのか、結構自由気ままに動いちゃう子だけど。
ゾレントなら大丈夫かな、この子、雌で静かな子だし。
「西の方角に向かって飛びます、飛竜の扱いは慣れてるって言葉、信じますからね」
「いいよ、これでも勇者だからね」
なんの根拠にもなってない言葉だけど、今は時間が惜しい。
後ろ髪惹かれる思いのまま厩舎を飛び立つと、ゾレントも私の後に続いて飛び立った。
いつもの飛行とは違う、超長距離だけど……うん、機嫌もいいし、大丈夫そ。
天気もいい、雲も少ない、他の魔獣に気づかれないように、空に。
風が気持ちいい……ユーティと一緒に飛べたらなって、ちょっとだけ思う。
眼下にある雲を眺めたら、彼なら何て言うんだろう?
水分がどうたらとかウンチク垂れるのかな? ふふっ、ユーティならありえそ。
そろそろ、酸素ボンベ使わないとかな。
あ、いけない、ヘルメットに装着してある簡素酸素ボンベ、トリニスさん知ってるのかな。
ちょっと気になって振り返ったけど。なんだ、ちゃんと装備してるじゃない。
空は空気が薄いこと、勇英育成所で習ったのかな? ユーティも行けば良かったのに。
彼なら「死ぬー!」とか叫んでそ。
やだ、ずっと考えてる、ユーティに毒されてるなぁ。
朝七時に出発して、飛竜を休ませながら飛ぶこと十時間弱。
太陽が地平線に完全に姿を消す、ほんの少し前の僅かな光の中。
私の目にも分かるくらいに、それは確かにあった。
「……あれが、スタンピードです」
言葉を失った。
一面に広がる茶色い煙。
一体、何万の生き物があそこにいるの。
山の木々をなぎ倒しながら突き進むそれは、まるで一つの巨大な魔獣のようにも見えた。
崖に落ちる事を恐怖とも思わない、川に飛び込むことを恐怖とも思わない。
ただただ一直線にそれは進み、まるで意思を持っているかのように突き進んでいく。
地平線の彼方まで上がる茶色い煙が、蜃気楼のように揺れる。
一つの波のようなものかと思っていた。
レイピアのように鋭くとがったものかと思っていた。
違う……これは、何もかもを飲み込む天災とも呼べる災害だ。
スタンピード、これは、私一人でどうにか出来るものじゃない。
☆★☆★☆
休ませながらとはいえ弾丸飛行だ、飛竜たちの疲れも限界に近い。
「ごめんねジルバ、ゾレント……ありがとう」
飛竜たちに労いの言葉と、温かな食事と綺麗な寝床を用意する。
でも、間に合った、ロカ村に帰ってくることが出来たんだ。
「お帰りお姉ちゃん、昨日はごめんね」
「別にいい、それよりも今日の開園は全部中止」
「え、中止?」
「それとお父さんと、村の重役全員集会所に呼んで、大事な話があるから」
往復で二十四時間、ジルバもゾレントも疲れ果ててしまっている。
私も疲れてるけど、休んでる場合じゃない。
「どうしたんだ、こんな朝早くから集まって欲しいなんて」
「おお、勇者トリニス殿もいらっしゃるではないか。二人して朝帰りだったのかな?」
「あらあら、若い子っていいわねぇ」
くだらない話で盛り上がってきた所を、トリニスが机を叩いて静まらせる。
この人、こんな事も出来るんだ。
「俺達は今さっき、この目で見てきました。この村をスタンピード……何万という魔獣が群れを成して、容赦なく襲ってきます。魔獣の目的はただただ走るのみ、目の前にあるもの全てを薙ぎ払いながらこの村へとやってくるんです」
皆の反応は、私と同じだ。半信半疑、でも、私達は見てきたから。
彼に続いて、私も机に手を置きながら口を開く。
「勇者トリニスの言葉は本当です。ジルバとゾレントを飛ばしてこの目で確認してきました。あれは、人の力でどうにか出来るものじゃない」
「本当なのかい、ニーナ?」
「お母さん……うん、残念ながら本当。この村にいたら危険なの、だから逃げないと」
「逃げるったって……どれぐらいの時間があるんだ?」
「飛竜の速度と目視の速度を計算すると……多分、二日もないと思う」
ちゃんと計測出来た訳じゃない、でも、それぐらいの猶予はあるはず。
ジルバたちを休ませながらとはいえ、私達は空を直線距離で戻ってきた。
向こうは山や谷、障害を乗り越えながら来るんだから。
――逃げる準備をしないと。
――でも、お店はどうするんですか?
――家だってまだ建てたばかりなのに。
――隣の爺さんを担いで一体どこに逃げれば。
せめてトリミナル一家がいてくれれば、もっと違ったかもしれないのに。
ユーティやヒルネさんがいてくれたら、心強かったのにな。
集会所が賑わっていた所を、トリニスさんが無言のまま挙手をした。
静かな所作だったのに、段々と皆が静まり返り、勇者の言葉を待つ。
「……私は、今からとっても卑怯なことを言います」
ざわざわ…… ざわざわ……
「私になら、この村全体を結界で包み込み、スタンピードから守る事が可能です」
――おお、それは凄い。
――流石は勇者様だ。
――勇者がいてくれて本当に良かった。
――逃げなくていいのか、良かった……。
「ですが、私が貼る結界とて、完璧ではありません。凶悪な個体は悠々と乗り越えてしまうでしょう。その個体に関しては、私が全力を以って倒させて頂きます――ただし」
ただし……その言葉の後に、彼は隣に立つ私を見た。
卑怯なこと、言葉にせずとも、次の言葉が理解出来てしまう。
「それは、とても危険な事です。命を懸ける必要があります。……代償をお願いしたい」
「……」
「ニーナさん」
私は、村の守り手だ。
これまで竜騎士として、何回もこの村の危機を救ってきた。
言葉通り、とても卑怯だと思う。
「このスタンピードを乗り越えた暁には、俺と一緒に旅に出て欲しい」
断れる選択肢が、存在しない。
……ユーティ。
☆★☆★☆
次話『対峙③』
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