第二十六話 ニーナと勇者様

※次話予告とサブタイトルが違うのをお許しください🙇


☆数日前 ニーナ・G・ガスタフ


「お姉ちゃん! ユニマスから勇者様たちが来たって!」

「ふぅーん、そうなんだ。ユーティは?」

「ユーティ君は一緒じゃないみたいだけど、それでねそれでね!」

「あーユナ、今ちょっと姉ちゃん手が離せないから、話は後にしてくれない?」


 リンリンの逆鱗にふれちゃったら大変な事になるからね。

 グレートドラゴン大暴走って、事件になって牧場一発で終わっちゃうよ。

 顎下の逆さになってる鱗に触れないようにして、そーっと丁寧に拭いてと。


「……うん、綺麗になったかな。さて、次は泡を流すからねー」

「見事な洗浄です、さすがは若くして竜騎士になられたお方だ」


 パチパチパチって拍手された。

 あれ? 今日ってリンリンのエリアは開放してないはずなのに。

 見れば妹のユナがまだ側にいるし、隣に知らない人が立ってる。


「すいません、今日このエリアは非公開でして……ユナ、勝手に入れちゃダメでしょ」

「お姉ちゃん! この人、勇者トリニス様だよ!」


 勇者トリニス? この人が?

 茶髪で温厚そうな感じ。

 装備品は旅に馴染む軽鎧を更に少なくした感じかな。

 マントも汚れてるし、靴もボロボロじゃない。


「ごめんなさい、妹さんに道案内をお願いしたら、こちらに案内されてしまって」

「ああ、いえいえ、大丈夫です、悪いのはユナですから。……勇者さん」

「はい」

「あの、良かったらマントとか、洗ってあげましょうか?」

「え? あ、ああ、そんな、旅をするとどうしても汚れてしまうんです。これが通常といいますか、洗った所ですぐに汚れてしまうから、意味がないと言いますか」

「それでも、一回くらい綺麗にした方がスッキリしますよ?」


 勇者様か、良い人オーラ全開じゃん。

 ユーティと比べるとオラオラっぽさが無いし、さすがって感じ。


「すいません、こんな事をお願いするつもりじゃなかったのですが」

「いいですよ、私の幼馴染にいつも汚れてる人がいまして……なんだか昔を思い出します」


 ユーティはいっつも泥だらけだったからなぁ、水魔術失敗! とかいってたの、懐かし。

 ヒラヒラと物干し竿になびくマント、うん、洗ったら結構綺麗じゃない。

 それに刺繍もすっごい綺麗、これが勇者様のマントか、なんか特殊効果とかありそ。


 室内に入って温かな飲み物を差し出すと、勇者様ったら両手を合わせてから飲み始めた。

 礼儀正しい人だな、ユーティも少しは見習えばいいのに。


「美味しい……これ、この牧場で採れた牛乳ですか?」

「はい、牛乳を温めてちょっと甘くしてあります。結構人気なんですよ?」

「……うん、これは確かに人気が出るのも分かります」


 ぐいっ、ぐいーっと一気に飲んじゃった。すご。


「そういえば勇者様、ここに来る途中でユーティっていう人に会いませんでしたか?」

「ユーティ、さんですか? いえ、会いませんでしたけど……」

「そうですか」


 すれ違っちゃったのかな。

 でも、結構な日数経つのに……どこ行っちゃったんだろ。


「その、ユーティさんという方は、私に何かお願いごとでも?」

「え、ああ、いえ……その、ユーティ、私の幼馴染の子なんですけど」

「ああ、先ほどの」

「はい。彼、子供の頃から勇者を目指していたんです。それで本物の勇者様が近くに来てるから、一度見てみればって伝えたんですけど」

「勇者をですか。ということは、私と同じ勇英育成所出身という事でしょうか?」

「勇英育成所?」


 勇者様が視線を外に干してあるマントへと向ける。

 

「あのマントの刺繍、あれこそが勇英育成所のシンボルなんですよ」

「あれが……太陽と月、それを取り囲む花畑に一組の男女……ですよね?」

「ええ、素質ある子は勇英育成所という場所で厳しい訓練を積むんです」

「厳しい訓練……ですか」

「はい、朝から晩まで剣の修行、隙間時間は魔術の修行。私は炎魔術と土魔術に才能があるらしく、ほぼほぼみっちりと教育漬けにされてしまいましたよ」

「それは」

「でも、後悔とか恨みはありません。お陰でこれだけ強くなり、人様から勇者と呼ばれるまでに成長する事が出来たのですから」


 はー、本当に出来た人なんだね。

 ユーティだったら脱走してそうなのに。

 魔術学校に入学するって言ったその日に逃げてきたの、懐かし。


「……面白かったですか?」

「え? あ、ごめんなさい、ちょっと思い出し笑いを」

「そうですか」

「ふふっ、すみません。そういえば、何か御用があっての事でしたよね」


 ユナが道案内したって言ってたものね。

 勇者様ってことは、ドラゴンに興味があるのかしら?


「その……お恥ずかしいのですが、先のシンボル、ありましたよね」

「シンボル……ああ、勇英育成所の」

「はい、そこには一組の男女が描かれているのですが、私には相手がいません」

「はぁ」

「そこで……その、しかし、勇者の相手となると、危険な旅がつきものなのです」

「そう、でしょうね」

「ですので……ニーナさん」

「……」

「若くして竜騎士の資格を持ち、飛竜と共に世界を舞う貴女の御力を、僕に貸して頂けないでしょうか」


 勇者様は膝を付き、手を差し出した。

 まるでプロポーズみたいな仕草に、一瞬だけ胸がときめく。


「……」

「聞けば、ニーナさんは勇者と共に歩くことを望んでいるとのこと。まだ駆け出しの勇者ですが、共に世界各国へと旅立ち、勇者としての歩みを共に歩いては頂けないでしょうか」


 送られる言葉は、望んだ言葉だ。

 私は勇者となる人の横にいる為に、自分に出来る最大限の事をした。


「ニーナさん」

「……ごめんなさい」


 でも、それは、貴方じゃないから。

 私の勇者様は、泥んこで、毎日問題を起こして、裸で駆けずりまわる。

 そんな、ずっと記憶に残る勇者様だから。


「……すみません、返事を急ぐつもりはなかったのですが」

「いえ、急がなくても、返事は変わりません」

「しかし」

「ごめんなさい」


 優しい人柄に、実力もある貴方なら、きっと私じゃなくても誰かが支えてくれる。

 彼は違うから、私達しか支えてあげる人なんて、きっと現れないから。


「お姉ちゃん! いいの断っちゃって!」

「ユナ……貴女、盗み聞きしてたの?」

「だって、勇者様だよ! ユニマスだって救ったし、他の街だってトリニス様が救ったって!」


 普通なら、とても光栄なお誘いなんだろうなって、私でも分かる。

 馬鹿な選択って言われるかもしれないけど……私は、ユーティのことが好きだから。


「ユナさん……ありがとうございます」

「トリニス様! お姉ちゃんは私が説得しますから!」

「ははっ、そう言ってくれて嬉しい。私はしばらくこの村に滞在するつもりです。宿屋におりますから、気が変わったら再度お声がけ下さい」

「あ、トリニス様……もう、お姉ちゃん!?」


 気が変わることなんて、ないと思うけどな。

 勇英育成所かぁ、ユーティに後で教えてあげよ。


「さぁってと、ユナ、次はミミの身体洗うよ。次は乳しぼりと寝床掃除ね」

「えー!? 仕事量多くない!?」

「盗み聞きした罰よ、ほら、さっさと動く」


 牧場に生まれたんだから、きっちりと働かないとね。 

 それにしてもユーティ、どこで遊んでるんだろ。


 そんなこんなで勇者様の誘いをお断りしたものの。


 トリニスさんはその後もロカ村に滞在し、あちこちで村のお手伝いをしているのを見かけるようになった。若者の多くない村だ、若い男手があるだけで本音を言えば助かってしまう。


 時たま思い出したみたいに「どうですか?」みたいに誘われるけど、全て丁重にお断りした。諦めるつもりは全然ないみたいだけど、私だって誘いに乗るつもりは全然ない。


 そんな感じで二日ほど過ぎた日のことだ。


「ニーナさん、大事な話がある」

「トリニスさん……私は何度誘われたって」

「違う、この村が、魔獣のスタンピードの進路上にあることが分かったんだ」

「……スタンピード?」

「このままじゃ、ロカ村は壊滅するぞ」


☆★☆★☆


次話『村の守り手として』

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