第二十五話 対峙②
☆パラポネア魔術学校 とある先生
~ 魔術師にとって杖とは、戦士で言うところの剣である。魔術の基本であるイメージの集中、それを杖先という目標を定めることで固定化を促し、無から有へと顕現した魔術を杖で突き、または振り抜き対象へと飛ばす。飛ばされた魔術の軌道確保としても杖は目測という役割を果たし、着弾点の破壊イメージをも容易にし、更には基本魔力の増大を果たす役割をも兼ねている。微量の魔力しか保持していない魔術師であっても、近年の研究結果により、その者に最適化した杖を持つことで、威力、精度を爆増させることも可能になった。繰り返す、杖とは魔術師にとって最強の剣なのだ。 著:ダルゲール・マッコイニイ 魔術教論基礎①~
杖理論を生徒に教えていると、まだ小さかった頃のユーティ君を思い出します。
杖を持った途端に魔力が暴走、そこから数年間は杖を持つことを禁止しておりましたが、彼は暴走する魔力をコントロールし、見事に自分専用の杖までこしらえてしまった。
もっとも、在学中に杖を手にする事はなかったですけどね。
依代をも活用せず、彼は己の魔力だけで全ての課題をクリアしてしまっていた。
己の趣味に没頭したが故に、彼はののしられる事が多かったのですが。
稀代の天才という言葉は、彼にこそ相応しかったのでしょう。
願わくば、彼が杖を持つような事件が起こらない事を。
遠く、パラポネアの地から祈っておりますよ。
☆ユーティ
「杖ですか、そんなものを持ったところで魔術相性の差を覆せるとでも? まったく、トリミナル君には失望しましたよ。水魔術が雷魔術に勝てるはずがないでしょう? 女体の神秘を研究するくらいなら、その時間を対雷魔術に割いていた方がどれだけ良かったことか。これだから偉大なる母親を抜くことも出来ず、今も無職で何も成すことが出来ず、ただただのんべんだらりと生きている社会的弱者に過ぎないんですよ」
得意気に語りやがって、黒髪中分けクソメガネが。
「長い」
「はい?」
「セリフが長い、対雷魔術だ? んなの家庭内暴力に悩む奥様方が長年研究し続けてんだよ」
「ほう、そうでしたか」
「女が水魔術を得意なのに対し、男は雷魔術が得意だ。必然的に家事は女になり、魔術相性からも卑下にされる事が多い。研究するんなら、男の支配欲を何とかした方がいいんじゃねぇの?」
「ふむ、それは不可能でしょうね」
「なんでだよ」
「支配することが愉悦だからですよ、こんな感じにね」
雷魔術:小鳥箱
バリバリバリバリッ! と杖から放たれた雷光が俺を格子状に包み込んでいき、一秒にも満たない時間であっという間に上下左右、逃げ道が完璧になくなっちまった。
へぇ、俺ってばまるでカゴの中の小鳥さんじゃん。
水魔術使いからしたら即死魔法、もうここから出ることも出来ないですね。
「可愛い小鳥さんなら、このまま愛でても良いのですが」
「お断りします」
「こちらとてお断りですよ」
「っていうかよ、こんだけ余裕かましてんだから、何かあるんじゃないかって考えたりしねぇの?」
カッティスの野郎、首をこてんと倒しやがった。
「どれだけ余裕があっても、相手が雑魚ですからね」
「考えるだけ無駄だってか? 随分と舐められたもんで」
「舐めてますよ、戦う前から勝敗が決まっているんですから」
カッティスが前に突き出した拳をグッと握る。
おーおー、小鳥箱が一気に小さくなったじゃねぇの。
自分が一番だとか考えてんだろうな、ヤダヤダ、メガネ糸目野郎の考えそうなこったよ。
自分の知識が一番、他は不要って考えか?
なら、これも知らねぇだろうな。
水魔術:超純水
「この後に及んで水魔術ですか」
「そうだな、だが、この水に雷魔術は通用しねぇぞ?」
「何を馬鹿なことを」
百聞は一見にしかずってヤツだな。
超純水で俺を包み込み、そしてグンッと一気に広げる。
「精々頑張って下さいね」
「ご声援感謝、じゃあ遠慮なく」
この状態を保持するのは結構難しいんだが、杖があれば何とかなる。
ぐぐぐっと押し込むと、雷は超純水に押し出され、バヂュンッ! という音と共に消え去っちまった。
「小鳥箱が消えた? 対象に何のダメージも与えずに? そんな馬鹿な」
「おいおいおいカッティスちゃんよ、自分が使う魔術なのに研究不足なんじゃねぇの? なんで水魔術に対して優位魔術なのか、ちゃんと研究した?」
「……」
「普段の俺なら授業とかいって教えてやるんだけど。お前には教えてあげなーい」
ベロベロベーだ。
水が雷魔術に弱いと言われているのは、その導電性にある。水分に含まれた不純物を通して、電流が水全体に放電しちまい、結果として魔術師本人にまで通電、感電しちまうからだ。
だが本来、
これに気づいた時はマジで驚いたね。水は電流を遠さない物体であり、不純物を完全に排除した純水ならば、雷魔術はその一切の効果を発揮しないって気付いたんだ。
だが残念なことに、普通の水魔術からは超純水を作り出すことは出来ない。炎魔術とのハイブリッド型の魔術である以上、奥様方の役には立たないって事にも気づいて、俺はこの研究をお蔵入りにした。
あくまで女性に優しい魔術じゃないと、意味がないんでね。
苦肉の策で遠距離魔術を開発したけど、あれだってまだまだだ。
「さて、じゃあそれとは別に、カッティスに問題を出してやろうか」
「なんですか」
「超純水、これは毒である。マルかバツか?」
全身を包み込んでいた超純水を、元のふよふよ状態に戻してと。
顎に手を当てて考えてやがるな? ぷーくすくす、糸目のくせに知らない事が多いですね。
「……純水という名前から察するに、不純物を取り除いた水ということでしょうね。空気中にある酸素と同じと考慮すると、純粋な酸素は毒である……というのは、有名な話です」
「では、答えは?」
「マル、純水は毒である」
「なるほどぉ……じゃあ、実験の為に実際に飲んでもらいましょうか!」
水魔術:
飛行系男子のあの野郎はピュンピュン飛んで逃げ回ってるが、なかなかに素早いじゃねぇの。
「毒と分かっている以上! 絶対に飲みませんよ!」
「いやいや! 飲んでみなきゃ分からないって!」
「ふざけないで下さい!」
「魔術の進歩の為に、ぜひ犠牲に!」
両手を広げて、杖に魔力を集中。
ずざああああああああああぁ! っとカッティスを大量の水が取り囲んだ。
「な、なんだこの量の水は」
「お前のためにアチコチに結界を張ってたんでね、回収しただけだよ」
水の壁、五メートルほどの高さのソレが迫りくる様は、さながら津波のようだ。
しかしそれが上下からも来ているのだから、たまったもんじゃねぇだろうな。
「あ、忠告しとくけど。俺の水、触れたらアウトだぜ?」
「…………ッ、まさか、これ程とはね」
「ちなみにさっきの問題、答えはバツだ。超純水は毒じゃねぇよ」
「なに」
「じゃ、不正解のカッティス君は、操り人形になるっちゅーことで、宜しく!」
ずざああああああああああああああぁ!
どばっしゃあああああああああああああああぁん!
いやー爽快だね。
空中を移動する津波とか聞いた事もないわ。
全方位から迫りくる津波だ、逃げる事なんざ出来ねぇんだろうけど。
シュィィィ――――――ッッッ!!! ドンッ!!!!
真っ白な閃光、カッティスを包み込んでいた水が一瞬で蒸発し、吹き飛んだ飛沫が雨となって周囲に降り注いだ。
「まぁ、そんな雑魚じゃねぇわな」
この光が、ラズを一瞬で消した魔術だろうな。
カッティスの本気か、こりゃヤベェかも。
「全く……僕を怒らせないでもらえないかな」
白い雷光が奴を包み込み、バチバチと音を立てる雷球が周囲を浮遊している。
頭には……角か? 二本の角が額からバッチリ生えてるじゃねぇの。
勇者の仲間は魔族でしたってか?
やれやれ、コイツは洒落にならねぇな。
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次話『ニーナと勇者様』
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