第二十四話 対峙
勇者たちがラズに与えていた情報。
それは武具が大量に必要になるという事だ。
理由は未だに分からない、だが、その販売店であるはずのラズの店は既に閉店を迎えてしまっている。店主不在のまま倒産処理が行われ、店内に並んでいた武具のほとんどが家賃替わりに買収され、残った金は従業員や利権者たちが貪るように回収していき、そしてラズの店は空っぽになっちまった。
残る店は武具マーハロン、ティアの店だ。ラズの代わりに勇者からティアに話がくるのであれば簡単な話なんだが、残念ながらこの数日は何も無かった。それどころか居もしない若奥様に変装して俺たちを監視する始末。ターゲットはおそらくティアだろう。
なぜ変装してまでティアを狙う? ラズとの接点を隠してた理由は一体なんだ?
考えても答えは出て来ない、ならば行動あるのみだ。
「ユーティ……」
「そう不安そうな顔をするなって、何があったって大丈夫だよ」
買い物を終えた俺たちは、その足で後回しにしていた防衛魔術の確認へと向かった。
山奥の寺院みたいな建物、石レンガで出来たそれは苔が生えていて、人の手入れが入っているとは到底言い難い状態だった。守護をしている人たちはいるものの、所詮は民間の雇われだ。
決まった時間に決まった場所しか見ていない。
寺院内部も「上から侵入禁止と言われている」の一点張りで、恐らく見てもいないのだろう。
つまり、何か細工がされていたとしても、知る事が出来る人間がほとんどいない。
町長に確認する方法もあるのかもしれないが、理由が弱い。
勇者が何か小細工をしている可能性がある、なんて言った所で町長は首を縦には振らないさ。
現状、防衛魔術はしっかりと発動しているし、事前情報通りかなり強めに設定されている。
この土地全体を包み込むような防衛魔術。
中継都市ユニマス全体を包み込むほどに強力な結界を張れるのだから、さすがは勇者様だ。
聞けば、ほとんどの人がこの街から勇者様は去っていると言っている。
実際に姿を見た人も多く、今はロカ村に向かっているのだとか。
じゃあ、あの変装していた奴は一体誰なのか?
何の為に俺たちを見張り、何のためにこの街に残っているのか。
分からない事が多い。
だが、分かっている事も僅かだがある。
「ユーティ……こういう時に力になれなくて、ごめんね」
「大丈夫だよ、それよりもユアのこと、宜しく頼むぜ」
コマルさんの家、ここならまだアイツらに見つかってないし、安全だ。
事情を説明すると、コマルさんは半信半疑ながらも、二人を匿う事を了承してくれた。
魔力探知をするも、何かが仕掛けられているといった事もない。
心配そうな顔をしたティアと、何も理解してなさそうな顔のユア。
この二人を危険に晒すことは、今の俺には出来そうにない。
「本当に今日何かあるんですか? だったら自警団にお願いした方が良くないですか?」
「ダメだ、相手が悪すぎる。一瞬で人を消すような相手なんだ、被害者が増えるだけだよ」
「だとしても……店長、勇者トリニスがラズベリーさんを殺したって、本当なんですか?」
「本当……だと、思う」
「だったら」
「だからだよ。相手は人を殺すことを何とも考えていない。そういう戦いに慣れてるんだろ」
伊達に勇者を名乗ってないってな。
悪者と認定したら、例え人間であっても一太刀に伏せる。
「ユーティ」
「そんな心配すんなって、俺ってば不死身だからさ」
「……うん、ちゃんと帰ってきてね」
ティアとのハグは、なんだか甘くて、離れたくないほどに温かかった。
☆★☆★☆
深夜、星空がやたら綺麗に見える夜に、俺は一人、武具マーハロンの屋根で寝転ぶ。
ティアの家、それに店内にも水の結界を貼った、周囲にも水の膜を張り巡らせてある。
これでノコノコと馬鹿が釣れたら楽でいいんだが、そう簡単じゃねぇよな、きっと。
虫の音、風の音、葉がこすれる音、静かな夜には、人以外の音がやけに耳に響く。
心地よくてうっかり眠りそうになったところに、奴は現れた。
「こんばんは、月が綺麗ですね」
噂には聞いていた、勇者様御一行の一人、魔術師の恰好をした眼鏡君か。
にしても飛行系男子だったとはね、俺の結界意味ねぇじゃん。
「まさかこんな場所でお会いすることになるとは、ユーティ・ベット・トリミナルさん」
「なんだ、俺の名前も調べたのか? 随分とまぁ暇人じゃねぇの、カッティスさんよ」
「おや、貴方に名前を憶えて頂けているとは。このカッティス、誠に光栄でございます」
声の質からしてまだ若い、二十代ってとこか。
黒髪の中分け、眼鏡の中が糸目ってやだねぇ、強者ムーブかましてくる奴じゃん。
魔術学校にもいたなぁ、無駄に知識語る糸目。
本気出すときだけ目を見開くのな、クソダセェって笑ったらメッチャ怒ってたけど。
「色々と聞いていいか?」
「はい、ご自由にどうぞ?」
「マジ? じゃあ単刀直入に、お前らなんでラズを殺した?」
「ラズとは……ああ、シャイマックス・ラズベリーさんの事ですか。理由は簡単です、あの人は失敗しましたからね」
「失敗?」
「本当ならこのお店もあの人が壊滅させて、この街に残る武具店をラズベリーさんが経営するお店だけにしたかったんですけどね。誰かさんのせいで計画は失敗、おまけに投獄までされてしまいましたので、口封じの為に消しただけの事ですよ」
拍子抜けするぐらい素直に語りやがったな。
「他にまだありますか?」
「防衛魔術についても教えてくれね?」
「防衛魔術ですか、ええ、それも私たちが事前工作しました。魔物が攻めて来る、なんてそうそうある事じゃありませんからね。せっかく種を仕込んだのですから、ちゃんと働いて欲しいと思うじゃないですか。ああ、今はちゃんと直しましたよ? 古今東西、勇者が事件を解決した村や町は平和でなければならないのです」
無駄なポリシーだな、吐いて捨てちまえばいいくらいだ。
「種ってなんだよ」
「それは企業秘密です」
「ここまで素直に喋ってくれたのに、もったいぶるなよな」
「いえいえ、単なる時間稼ぎですから。あの二人が仕掛けた爆薬を、発火させるまでのね」
ほら、糸目が開きやがったぜ?
ワンパターンなんだよな、まったくよ。
「……おや?」
「どうしたい、早く発火させてみせろよ」
「ふむ、貴方、あの二人が仕込んだ爆薬、見抜いてたんですね」
俺が追い詰めていた二人組の強盗、強盗と勝手に決めつけていたが、武具店を襲うにしては人数が少なすぎる。高価な武具の中には大剣だってある、鎧だってフルメイルはクソ重いんだ。
結論、アイツらの目的は最初から盗みじゃなかった。
用心棒として店内を確認しといて良かったぜ。
わざわざ魔術探知されにくい鉄の箱、中には着火したら最後、ここら辺一体を消しクズにしちまう液体火薬が仕込まれてやがった。
「単なるおバカかと思っていたのですが。これは、考えを改める必要がありますね」
開いていた瞳を糸目に戻し、カッティスは杖を構える。
雷をまとう杖か、さすがは俺のこと調べてるぅ。
「死ぬ前に、残しておきたい言葉はありますか?」
「お、そんなサービスまで付けてくれんのか?」
「ええ、伝えたい言葉とは、時として美しいものです」
「じゃあよ、お前んとこの勇者様に伝えといてくれよ」
背中に携えていた杖を、ゆっくりと引き抜く。
月光に輝く女神を象った銀の杖、アルクシャトリア。
俺が杖を持つ、その意味とともに。
「お前の尿管、結石だらけにしてやるってな」
☆★☆★☆
次話『対峙②』
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