第二十一話 僕達子供が出来ました。

 防衛魔術の現場調査? 偽勇者が何かしてる? そんなのどうでもいいね。

 俺が解決すべき問題は目の前にある、いや、いる。 


 あんな場所に置いてけないってんで、急遽ティアの住む家に連れて帰ってきた幼女。 

 営業妨害してきたシコティッシュな女、シャイマックス・ラズベリーのはずなのに。


「シャイマックス・ラズベリー」

「……?」

「自分の名前だっただろ? シャイマックス・ラズベリー、ラズって呼ばれてただろ?」

「……?」


 ダメだ、ガチで記憶全部消えてるくせぇ。

 あそこまで肉体が損壊しちまうと回復させちゃダメだったのか?

 俺も二回ほど死にかけたが、あそこまで酷くはなかったからな。


「とりあえずで連れて帰ってきちゃったけど。どうするの、この子? 自警団連れてく?」

「いや、ダメだな」

「ダメって、なんで?」


 牛乳の甘い匂いと共にティアがリビングへとやってくると、幼女は紫色の瞳を輝かせた。

 ずーっとお腹減ったを連呼してたもんな、我慢出来てエライでちゅね。

 パン粥か、しかも適温、ティアってば優しい。 


「俺も何か食べたい」

「ユーティのもいま作ってるよ。それよりも、自警団は何でダメなの?」


 隣に座ったティアと二人、もくもくと食べる幼女を眺める。

 うーん、なんだか無意味に幸せになっちまうんだが、なんでだ?


 ……おっといけねぇ、話を戻さねぇと。


「美味しそうに食べてるけどさ、この子って間違いなくラズなんだよ」

「あの場所であんな風に蘇ったから、そうなんだろうけど」

「なんで幼女っていうのは、正直わからねぇ。でも、この子がこの姿でいる事は、ある事実の裏付けでもあるんだ」

「……勇者による殺害」


 そうだ、それしか考えられねぇ。

 一人の人間を一瞬で消滅させるなんて、そこらの人間には出来ねぇ芸当だ。

 

「ラズを最後に見たのは、牢獄を管理してる自警団の奴等だ。そして奴等は恐らく引き取った相手、つまりは勇者共をその眼で見ている」

「じゃあ、やっぱり自警団なんじゃないの?」

「だが、この街での勇者の評価は異常なまでに高い、あのコマルさんですら勇者様って呼んでたからな。自警団に引渡して、そのままこの子がまた勇者の手に回ってみろ、秒で消されるぜ?」

「……そっか、そう言われると、納得」


 もくもくと食べてた幼女が皿の一滴まで残った牛乳を飲み干すと、にぱーって笑顔になった。

 気付くと俺もティアもにぱーって笑顔に。やべぇな子供、やべぇぞ。


「だからって、このままじゃ不味いよな」

「ヒルネさんに相談とかしてみたらどうなの?」

「……うーん、それが一番なんだろうけど、今いないんだよなぁ」

「そうなの?」

「レミの件で教団ぶっ潰しただろ? あれで色々と大変なんだと」

「そうなんだ。なんか、ごめん」

「いいよ別に、母さんだってむしろぶっ潰すって言いながら家を出て行ったからさ」


 何とも頼もしい後ろ姿だった。


『レミちゃんをあんな風にしていた教団を、私が許すはずがないでしょう? 十年間ユー君の先生してる間に腐った果実が随分と熟れちゃったみたいだから、根こそぎ引っこ抜いて来るね』


 うん、多分、バラン教解体までしてくるんじゃないかなって、そんな勢いだった。

 でも裏を返せば、当分帰らないって意味でもあるんだよな。

 バラン教本部まで滅茶苦茶遠いし。 


「パパ」


 とてとてと幼女ちゃんが近寄ってきて、俺の膝の上に座る。

 ご満悦な表情してますね、なんだかこっちもニコニコしてくるわ。


「そもそもさ、なんで私とユーティがパパとママなんだろうね」

「最初に見た人を親だと思う……とか?」

「そんな、動物じゃあるまいし」

「もしくは、唯一記憶に残ってた顏だった、とかかな」

「……そう言われると、なんか微妙」


 直前まで店を潰そうとしてた相手なんだ、つまりは怨恨。

 俺の顔を覚えているのも、そう考えると辻褄があう。

 最後の最後まで覚えていたのが憎い相手とは……なんだかな。


「でもさ、今のこの子には、もうそれまでの記憶がないんでしょ?」

「多分」

「だったらさ、このまま私とユーティとで育てるとか、どうかな?」


 どうかな? って隣で微笑んでるけど。

 意味分かっていってる? ペット育てるのとは訳が違うんだぞ?

 って言いたい所だが、原因を作ったのは俺なので何も言えません。


「このままだと、ユーティも行く場所ないんでしょ?」

「この子と一緒っていうと、どこに行っていいのやらって感じだけど」

「ここなら私もいるし、ユーティだって毎日面倒見れるじゃない?」


 ずりずりと近寄ってきて、ティアとの距離はほんの数センチになった。

 夫婦の距離って感じ、俺と膝上のこの子を視線が行ったり来たり。

 なんか、ちょっとドキドキしてきた。 


「……本当にいいのか? 腹割って話すとメッチャ助かるって思ってる」

「私がいいって言ってるんだから、いいに決まってるじゃない」

「ティア……ありがとうな」

「それにユーティに女の子任せたら変な子に育ちそうだしね。そうと決まれば一緒にお風呂入ろっか……えっと、名前、どうする?」

「名前? ラズベリー……は、ダメか。バレたら不味いもんな」


 んー、急に言われると悩むな。

 名前名前……。


「……ユア」

「ユア? それって呼びづらくない?」

「俺とティアの名前使ったんだけど」

「わ、私とユーティの? …………な、なら、いいん、じゃない、かな」


 ユイア、ユイティ、ユイ、うーん、ユアが一番語呂がいいと思うんだが。

  

「やっぱりユアだろ……って、ティア?」

「…………あ、う、うん、最高だと思う。そうだよね、子供の名前って、親から一文字ずつ取るよね、そう、だよね。私と、ユーティ、……ふへ、えへへ、なんだよもう、照れちゃうなぁ」


 気色悪い笑い方してんなぁ、ティアの奴、なんか毒でも喰らったんか? 

 

「ユアちゃん、ママと一緒にお風呂入ろっか」

「お風呂? パパも入る?」

「パパは入らないかなー?」

「いや、娘に誘われたんだから入ろうかな。はっはっは」


 ダメ! って断られて、結局ティアとユアの二人で入っちまった。

 童貞と処女で娘が出来ちまったんだが、これって大丈夫なんかな? 

 

 ……まぁ、大丈夫か、何とかなるっしょ。

 なんか焦げ臭いな……、あれ? ティアの奴、俺の飯焦がしてねぇか!?


☆★☆★☆


次話『親子三人でお買い物』

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