第二十話 裸の女……の子

「ユーティ、この家に本当に入るの?」

「反応がある以上、入ってみないとな」

「そんな……だってここ、有名な心霊スポットだよ?」

「心霊スポット?」


 妙にしがみついてくるかと思いきや、ティアってば怖いのか。


「噂ではね、ここに住んでた旦那さんの浮気相手が、旦那さんのいない時に家に忍び込んで、奥さんと子供を刺し殺したんだって。しかもその浮気相手、帰宅した旦那さんを笑顔で迎えたんだってさ」

「マジっすか」

「そのあと、旦那さんは殺された奥さんと子供の姿を見て、もう半狂乱。笑顔の浮気相手を刺し殺して、自分も首を切って自殺しちゃったんだって。そんな曰く付きの物件なんだよここ、だからずっと誰も住んでないし、住もうともしないの」


 妙に生々しい噂話だこと。

 そう言われると家自体が俺を睨んでるように見えるね。


「ねぇねぇ帰ろうよぉ、防衛魔術のとこ行くんでしょ?」

「いや、中に入る。俺の唾液反応がある以上、絶対にラズが中にいるはずだ」

「こんなとこにいないってぇ……あ、ユーティ」


 ドアノブに手を掛ける、鍵は……掛かってない。

 扉を開けた時に上からゴミや虫は……落ちてこない。

 

 ふむ、誰か出入りしてんな、これ。


 木製床に天井、室内は静まり返って真っ暗だが、ほのかに鼻に残る匂いがある。

 入ってすぐがリビング、椅子にテーブル、天井には蝋燭のないシャンデリア。


 誰も住んでいないにしては、埃っぽくない、むしろ綺麗だ。


「コーヒーの匂いがするな」

「コーヒー?」

「ほらティア、キッチンにわざわざ使ったコップが置いてあるぜ?」

「ホントだ」

「誰かがここにいたんだ、しかも数人、コップの数は二個だが、もしかしたらそれ以上かも」

「それで? ラズさんの反応って、どこなの?」

「ラズの反応は……おかしいな、リビングにあるぞ?」


 リビングには誰もいない、しかし反応だけが残っている。

 

「ティア」

「なになに、もう外に出る?」

「これは、俺達が思っている以上にヤバイ奴が相手なのかもな」

「ヤバイ奴って、どういうこと?」


 殺されたのか、しかも一瞬だ。 

 俺の唾液に気づいての事だとしたら、相手も相当な手練れ。 

 一流……場合によっちゃそれ以上だ。


「ま、俺はそれ以上なんだがな」

「ユーティ? なにするの?」

「ラズを復活させる」

「ラズを復活……え、ラズベリーさんって殺されたの⁉」

「間違いなくな、だが、不幸中の幸いって奴だ。ラズは俺の唾液が全身に行き渡っている状態で殺されていた。俺の肉体には緊急停止スイッチが組み込まれていてな、命の危機が訪れると、生命活動の全てを停止しちまう厄介な呪いだ。だが、しばらくすると蘇生に向けて活動を始める。それはいかなる治癒魔術よりも強力で、代償を伴うものなんだが」


 スッと指を切り、血を数滴たらし込む。

 もこもこもこもこ! と泡立っていき、それはあっと言うまに人の形へと変化を遂げた。


 きっかけさえ与えてしまえば、それは発動する。

 名前なんてない、どちらかと言えば呪いだ。

 なぜ、俺の身体にこんなものが組み込まれているのか、母さんも知らないと言っていた。

 もしかしたら父さんなら何か知っているのかもしれないけど……今は、置いておこう。

 

「凄い、なにこれ、人体錬成?」

「それは禁忌だな。俺のはあくまで治癒魔術だ。ただ、通常の回復魔術が人の回復力の助長だとしたら、俺のは無から有を生み出しちまう。記憶された形、それを目指してな」


 血は肌色を取り戻し、紫色の髪が早送りしたみたいにぐんぐんと伸びていく。

 血管や筋肉が形成されていき、艶めかしい肌がそれらを包み込むと、そこには一人の裸の女がいた。


 いや、裸の女の子が。


「あれ?」

「ユーティ、この子、誰」

「ラズのはずなんだが?」


 どう見ても五歳くらい。

 俺たちが知ってるラズと違う。

 

 この子、誰?


「ユーティ、まさか、噂の子供の方を蘇らせちゃったとか?」

「いやいや、そんな便利な魔術じゃねぇよ。俺のはあくまで自分自身のみだ。今回はたまたまラズの全身を支配していたから、こういう事が可能になっただけであって」

「じゃあ、この子がラズベリーさんってこと?」


 ……そうなん、じゃないんですかね。

 全然自信ないけど。

 あ、目を開けたぞ。


「………………」

「お、おい、ラズ、分かるか?」

「ラズベリーさん、私ティア、分かる?」


 うっすらと開いた瞳、子供の姿してっけど、間違いなくラズの目だな。

 だが、とろーんとしてて、全然反応なくて、なんか微動だにしない。


「…………」

「ダメかな、俺の呪いって記憶奪っちまうから」

「そういえば、レミの時にそんなこと言ってたね」

「だとしても直近数時間の記憶だから、全部って事はねぇと思うんだが」


 ぽよぽよとした幼女は無言のまま目をぱちくりさせて。

 気怠そうに上体を起こすと、んーっと伸びをした。


 そして、


「パパ、ママ、お腹減った」


 と、純真無垢な瞳で、俺とティアを見てこう言ったのであった。


☆★☆★☆


次話『僕達子供が出来ました』

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