第十八話 スタンピード

★勇者トリニス


「トリニス様が身元引受人になられるとは」

「いえ、こんな小悪党相手に自警団の皆さんの手を煩わせる必要はありません」

「そう言って頂けると助かります。私も拝見しておりましたが、モンスター襲来時の戦いは本当にお見事でした! さすが国のお墨付きの勇者様は一味違いますな!」

「はははっ、勇者として当然のことをしたまでです」

「その謙遜がまた良い。では、後のことはお任せいたしますぞ、勇者殿」


 まったく、面倒なことさせやがって。 

 カッティスからの情報が無かったらヤバかったぜ。

 シャイマックス・ラズベリー、コイツから情報が洩れたら次の作戦が台無しだ。


「あの、ありがとう、トリニス」

「一応、仲間だからな」

「仲間……そう言ってくれるんだ」


 そう言っておけば、まだまだ使えるんだろ?

 腐っても女だ、身売りにしろ何にしろ、使い道はある。

 

「トリニスが言ってた作戦……スタンピード、いつ頃なの?」

「あまり喋るな」

「……ごめん」


 どこで誰が聞いてるか分からねぇからな。

 次の村にいる勇者パーティ志望の竜騎士、ニーナ・G・ガスタフ。

 コイツを絶対に仲間にする、その為に裏でせこせこ動いてんのによ。


「とりあえず、この場を離れるか。ラズベリー、お前も一緒に来いよ」

「あの、私、お店」

「もうあんな場所閉店だろ?」

「閉店……」

「新しい店用意してやっから、そこで再起を果たそうぜ」

「……うん」


 寂し気な顔してっけど、コイツ元の自分を忘れたのかね?

 それとも、それだけ呪縛が厳しいって事か?

 コイツが普通の女だったらなぁ、本当に惜しいぜ。

 

 ユニマスから馬車で小一時間ほど移動した、木々に囲まれた空き家。昔は木こりでも住んでたんだろうが、今は無人。二階建てで部屋も多く、潜むには最適だ。


 家の中ではカッティスが一人酒を嗜んでいた。

 耳にかかる程度に伸ばした髪をかきあげ、糸目をさらに細くして微笑む。飲んでる酒はこの前頂いた果実酒か? 相変わらず甘いのが好きなんだな。


「やぁトリニス、お疲れ様」

「カッティス、お前の言う通りだったぜ? ラズベリーってば捕まってやんの」

「はははっ、ダメだなぁ。使える仲間を与えたつもりだったんだけどね。他の男二人は?」

「始末した、アイツ等はもう用無しだ」


 今頃グルーニィの奴が食べてんだろ。

 骨の一本も残さず、綺麗に消化されてんだろうよ。


「……え、始末って」

「ああ、ラズベリーは心配しなくていいぜ?」

「ほ、本当?」

「本当だとも、お前はまだ使えるからな」

「いや、トリニス、離れて下さい」


 ん? カッティスの顔が厳しくなってんな。


「この女、全身支配されてますね」

「全身支配? ……マジかよ」


 見た感じ、何も分からねぇ。

 だが……言われた通り、探知すると確かに感じる。

 極少量だが、他の奴の魔力を感じるぜ。


「ちょ、ちょっと待って」

「水魔術……ですか、これは消さないとダメですね」

「消す、消すって……待って! 私にはまだやらなきゃいけない事があるんだ! まだ復讐も果たせてない! 私は十年前の復讐を、あのマーハロン一家にしないといけないんだ! まだ何も果たせてない! 私はまだ、誰も殺せてないんだ!」


 糸目を開いて、カッティスが呟く。


「それ、僕達に関係あります?」


★☆★☆★


 記憶もないのに有罪判決にされた、一人の男の話。

 この世界における幼女暴行は、その身をもって罪を贖うとされる。

 

 性を司る神、モナリザ。

 時を司る神、クロノス。 


 二神からの裁きにより、その男は姿を幼女へと変えた。

 幼女暴行の罪を背負った幼女が生きるには、この世界はとても厳しい。

 

 記憶に一切ないのに、同じ目に合わされる。

 唯一覚えているのは、罪をかぶせた女の名前。


 レミ・マーハロン。


 この男の復讐譚は、十年前から始まっていたのだ。


★☆★☆★


「私は、私は!」

「観念しなよ、オジサン」

「違う、私はラズベリーだ! シャイマックス・ラズベリーだ!」


 さようなら、カッティスの言葉と共に極光がラズベリーを包み込み、一瞬で消しクズにしちまった。跡形も残らない程の威力だったのに、家の中は傷ひとつ付かねぇ。


 相変わらず、大したもんだ。


「水魔術を消去するには、雷魔術が一番ですからね」

「ああ、そうだな。違いねぇ」

「しかし全身支配ですか。相手は相当な手練れですね」

「まさか、ロカ村にいるヒルネ様っていう女か?」


 席に着いてカッティスから酒を一口。

 ヒルネ様、水魔術の申し子であり、女神的存在。

 あと十歳若ければ、俺たちの仲間入り確定だっただろうな。


「いえ、彼女は現在バラン神殿へと出向いております。息子の不祥事の後始末とか」

「へぇ、じゃあ一体誰なんだ?」

「……検討も付きません、もう少し調べてから始末した方が良かったのかもしれませんね」

「カッティスが困るなんて珍しいな。とにかくよ、作戦の一部が失敗になっちまった訳なんだが、どうする?」


 本当ならラズベリーがマーハロンを潰し、その後俺達がラズベリーの店も潰す予定だった。

 そうする事でユニマスから武具店が消え、ロカ村への支援物資を失くす予定だったんだが。


「大丈夫でしょう、僕達が準備したスタンピードは、そう簡単には止まりません」

「そうかい、じゃあそろそろ行くか」

「はい、グルーニィが戻り次第、ロカ村へと出立しましょう」


 ニーナ、若くして竜騎士、しかも可愛い。

 絶対に俺たちのパーティに欲しい存在だ。

 もし仲間にならなければ……その時はサヨナラだな。


☆★☆★☆


次話『忍び寄る悪夢』

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