第十三話 大人の階段を上る日

 にぎにぎとした目抜き通りを抜けて、ティアと二人で人気の少なくなった石畳を歩く。

 ユニマスって街は全体的に整地されていて、等間隔に魔術灯があり、足元が明るい。

 ロカ村は農道しかなくて、明かりって言ったら誰かの家だったのに。


「ここ、私の家なんだ」

「お、そ、そうか」

「なに、緊張してるの? 昔は勝手に部屋まで来てたくせに」

「昔は、昔だろ」

「そんなに変わらないよ……あ、でもちょっと待ってね。掃除してあったかな」


 石造りの長屋かな、横に長い集合住宅っぽい感じ。

 ロカ村みたいな一戸建てを想像してたから、ちょっと意外だ。

  

 家に入ったティアを外で一人待つ。

 なんだろう、高揚感が半端じゃない。 

 何もしてないのに心臓がバクバクいってるし、自然と足が震える。 

 

 今日なのか、俺はついに今日、大人の階段を上る日が来たのか。

 幼い頃に読んでもらった勇者と姫の物語、クライマックスは宿屋での一泊だった。


『昨晩はお楽しみでしたね』


 卑猥とねぎらいと嫉妬が入り混じったこの文章を読んで、俺の理性がはじけ飛んだあの日。

 俺の生きる目的は『女の子との仲良し♡』がしたい、これ一本に定まったんだ。

 

 世界中のカップルや夫婦が当たり前のようにしている『仲良し♡』

 最初の目的は、嫌われていた女の子と仲良くなりたいという、純粋な思いからだった。

 いつからだろう、それが性欲なものに変化していったのは。

 

 だがしかし、ついに……ついに来るぞ、初めての『仲良し♡』が。

 ごくりって、無駄に大きな生唾を飲む音が鼓膜に響く。

 拳を強く握って、一秒一秒を噛みしめながら扉が開くのを待った。


 体感時間にして三時間、実際には三分。

 その時は、ついに訪れる。

 

「ごめん、待った?」

「いや、大丈夫」


 平静を保て、冷静でいろ、がっつくな、余裕ある態度でいろ。

 既に周囲の期待もある、好意が無ければ部屋にも誘わないはず。

 

 ああああ、頭の中がピンク一色に染まる。

 右を見ても左を見てもエロしか想像できねぇ。

 お店で女の子に声をかけるのとは訳が違う。

 なんで俺はティアと一緒にいるだけでこんなに緊張しなくちゃいけないんだ。 


「ユーティ、先にお風呂入る?」

「は、入らさせて頂きます」

「なにその言い方、あはは、可愛い。髪洗う時の石鹸とか、分かる?」

「わかるます」

「じゃあ、私はユーティの寝床用意しとくから」

「はい、宜しくお願いすます」


 ティアが普段使ってるお風呂。

 身体洗う用のタオルとか、桶とか、石鹸とか。

 匂いが家の風呂と違う、足元のタイルですら違う気がする。


 すううううううううぅぅぅぅぅ………………………………――――


 吐くのを忘れるくらい、肺が幸せで満ちていく。 

 空気が違い過ぎる、これが女の子だけが入っているお風呂か。 

 魔術学校の『ドキッ♡これって全部垢ですか?』の野郎風呂とは雲泥の差だ。


 あれは酷かった、本当に酷かった。

 呼吸をしたくなくて息を止めたまま全てを終わらせていたからな。

 余りの速度にカラスのユーティなんてあだ名も付いたくらいだ。

  

 二度と戻りたくない学生生活。

 二度と変えたくない幼馴染との生活。

 

「……とりあえず、ティアのタオルで全身洗お」


☆★☆★☆


「……ティアさん?」

「ユーティ相手だから、これぐらいにしておかないとさ」


 お風呂を出たらそのまま布団で簀巻きにされて、鎖でゴリゴリに縛られたあとベルトで布団から出てる両足も完全に封印されて、さらに顔には紙袋を被せられたんだが。捕虜かな?


「さすがにこれはねぇだろ! 俺を何だと思ってんだ!」

「変態ユーティ」

「正解! じゃねぇよ! あ、ちょ、お前!」

「はいはい、ウルサイからベランダに行きましょうねー」


 ゴロゴロ転がされて、ペイッて追い出された。

 

「ちょ、マジかティア!? このまま外で寝ろってか!?」

「だって、誘ってからのユーティ、目がヤバいんだもん」

「そりゃ俺だって健全な十六歳童貞男子だからな!? 少なからず期待はしちまう! けど、ちょっとくらい信じてくれても良くね!? 幼馴染だろ!?」

「脱衣所にある私の下着、触ったでしょ」

「…………い、いえ?」

「引き出しの中に入れておいた下着とか、なんか微妙に位置が変わってんのよね。まさか匂い嗅いだりしてないでしょうね?」


 ぴゅ~♪ ぴゅぴゅぴゅ、ぴゅ~♪


「……外で口笛拭くとご近所さんからクレーム付くから、ヤメてね」


 ガラガラピシャって窓を閉めやがった。

 マジで外で寝るのかよ、いくら布団に撒かれてるからって寝れるかってんだ。

 あんにゃろう、いつか泣かせてやっからな? ちくしょう。




 ZZZ……  ZZZ……




 ……ん? 店に張り巡らせた水魔術の結界が誰かに破られたな。

 泥棒か? それとも強盗? 怖い町だね、本当にさ。


 水魔術:操舵水ソーダすい


「本当は、こんな束縛秒で解除出来んだよね」


 でもま、ティアとの仲良し♡は、本人同意の上でしないと意味ないだろうし。

 悲しいけど、これが現実なのよね。まだまだ仲良し度合が足りないってこったろ。


「さてと……もっと仲良しになる為に、お店を守りに行きますか」


☆★☆★☆


次話『ユーティ、敗北する。』

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