第十一話 ティアの日常

「うっひゃ! はえー! 俺の考えた蒸気四輪最高じゃね!?」


 馬車だと二日かかるのに、朝出て昼間にはユニマスに到着しちまったぜ。

 いやーこりゃ便利だ、ピストン加速の応用できないかと試行錯誤した甲斐があった。

 欠点があるとするなら、俺の体内魔力が尽きたら人力車になるところかな。


「ユニマスか、来るのは初めてだなー」


 石畳の街、商業の街、中継の街、様々な言われ方してっけど、要は栄えてるって事だ。

 さすがに車のまま街に入ったら悪目立ちしそうだからな、ちょいと隠してと。


 ニーナから話を聞いた勇者様ご一行。

 なんでも各地の街を訪れては、襲ってくる魔獣を蹴散らして名声を高めているんだとか。

 ここユニマスの街でも同様の出来事があったらしい。

 自警団だけじゃどうにもならない数の魔獣を、たった三人の勇者パーティが退けたんだと。


『ユーティも勇者目指してるんだから、顏くらい見てくれば?』


 ニーナにこう言われて、とりあえずと足を運んだものの。


 ……ふぁーあ、欠伸が出ちまうぜ。

 別に興味ねー、勇者なんざどうだっていいっしょ。

 

 俺の事が好きとか言っておきながら、最後の一線を全然越えてこない。

 焦らしプレイを限界まで楽しんでる、三人の幼馴染との日常の方が大事なんでね。


「武具マーハロン、ここがティアの経営してるお店か?」


 ユニマスの目抜き通りに位置する結構お洒落なお店、一階が武器で、二階以降は鎧か?

 ロカ村の家には何度も足を運んだけど、店に来るのは初なんだよなぁ。

 さてはて、お仕事してる幼馴染をば、ちょっと拝見――


「テメェんとこの店は不良品を販売してるんか!?」

「誠に申し訳ございません」


 ――ん? 店内から怒鳴り声が聞こえますね。

 盗賊風の柄の悪そうな男に、背の高いスキンヘッドに入れ墨男だな。

 手にしてるのは剣か? 刃の部分が柄から折れてっけど、そんなのあり得る?


「剣ってのは戦士の魂なんだよッ! パーティ全員を守る為に最前線に立って武器を振るうんだ! なのに攻撃した瞬間に根本から折れるとか、不良品にも程があんだろうがッ!」

「本当に、なんとお詫びをしたらよいか」と、ティアが謝罪してる。


 この前見た服ってこの店の制服だったのかな。

 黒基調で胸元に赤い大きなリボン、ヒラヒラがついたブラウスが可愛いやね。


「ウチのパーティの女が二人怪我したんだ、責任を取って貰おうか」

「出来る限りのことはさせて下さい、本当にこの度は」

「別にする必要ないんじゃね?」


 ひょこっと顔をだして、困り顔してるティアにこんにちはって手を振る。

 

「あんだテメェは!?」

「通りすがりの幼馴染ですけど。その剣、ちょっと見せてみ?」

「ふざけんな、誰がお前なんかに見せるかッ!」

「ああ、別に構わんよ。勝手に奪うから」


 シュルっと水魔術でスキンヘッドから剣を奪って、水に包んで鑑定開始っと。

 根元が折れたという割には刃こぼれが一切ないな。

 柄に残る指紋も数回握った程度、根本にだけ衝撃が入った感じか。

 鍛冶職人の名入りも無し……ふぅん。


「……ユーティ」

「これ、本当にティアの店で販売したの?」

「はぁ!? ふざけんなよ!? この店で購入したって証拠もこっちにはあんだぞ!?」

「マジ?」

「……うん、三日前に販売してる。売買履歴も残ってるから……」

 

 すっかりしょげちゃって、可愛い顔が台無しだぜ?

 

「じゃあアレだな、すり替え詐欺だな」

「すり替え、詐欺?」

「詐欺だとテメェ……自分がなに言ってんのか分かってんのか?」

「ほいこれ。ざっと見た感じ、ティアの店は鍛冶職人の名前が柄の中に刻まれてんだよね。お前が持ち込んだ剣にはそれがない。たまたま無いって事はあるかもだが、ティア、そこんとこどうなんだ?」


 剣を握る部分、その中に鍛冶師は自分の名前を掘りたがるものだ。

 値段が高ければ高いほど、その確率は上がる。


「ウチの店は、全部に鍛冶職人さんの名前をお願いしてるよ」

「……だそうだ、お前の持ち込んだ剣にはそれが無いねぇ」

「だからどうした! こちとら購入した履歴があんだよ!」

「だからすり替えだって言ってんだろ? この剣は偽物だ。鑑定結果刃こぼれ一切無し、そのくせ切れ味もない、こういう剣の事をなまくらって言うんだよ。大方、失敗作持ち込んで購入した金額を回収して、本物の剣は他所の店で転売でもしてんだろ? くっだらねぇことに精出してないで、もっと真面目に冒険者してろよ雑魚が」


 テメェ……って剣を抜いたから、こっちも容赦はしませんよと。

 水魔術:腹下し、発動。


「……な、なんだ」

「ア、アニキ、俺、急に小便したくなってきた」

「おっ、俺は、大きい方」


 男の体内なんざイジりたかねぇが、店内で暴れられるよりもこっちの方が効果的でしょ。

 ほらほら、早くしないと天下の大通りでお漏らししちゃうよぉー?

 

「ぐっ……ぐぐっ」

「お、おい、トイレはどこだ」

「トイレですかぁ? 使用料一回一億リーフになりますけどぉ?」

「なっ……ぐっ、ぐぅぅ……」

「ア……アニッ、キッ、俺、もう」

「て、撤退だ! 覚えとけよこの野郎!」

「ひぃぃいい! 早く、早くトイレー!」


 はぁ、都会は怖いねぇ。

 こんな町で商売してるんだから、ティアも大変だな。


 しかし店内、武器だけで相当な数だな。短剣に長剣、大剣まで置いてあんのかよ。

 弓とか魔法銃も置いてあんのか? すっげ、一千万リーフとか書いてあんぞ。

 可愛い店員さんも沢山いるし、こりゃ大したもんだ。

 って……店員さんに囲まれたんだけど、何ぞ?


「ねぇねぇ、さっきの奴等が逃げたのって、君の魔術なの?」

「そうですけど……?」

「本当ー!? すっご、めっちゃカッコ良かったんだけど!」

「ねぇー! 私一瞬で惚れちゃう所だったよー!」

「さっきの剣を鑑定する水魔術とか、私見た事ないよ!?」

「私も! やり方教えて下さーい!」


 可愛い店員さんに囲まれて、こりゃ悪い気がしねぇなぁ。

 しかも巨乳から微乳まで勢ぞろいじゃねぇの。

 思わず全員に魔術:真夏サマータイム誘惑テンプテーションを掛けて全裸にしたくなっちゃうね、これは!


「ユーティ、ちょっと」


 先ほどとは打って変わって強気なティアさんに戻りましたね。

 店員たちもササーっていなくなって、ほんの数秒で独りぼっちに。

 さようなら俺のファンたち、また今度遊ぼうね。


☆★☆★☆


 お店の二階って事務所と倉庫になってんのな。

 そこの店長席にティアは座って、俺は来客用のソファに腰掛ける。

 一階の店舗とは違って、二階は何ていうか、ちょっと寂れた感じがするな。


「最近ああいうのがスッゴイ増えててさ、被害額が半端じゃないのよ」

「へぇ、どのぐらい?」

「……今月だけで三十万リーフかな」

「三十万とは、穏やかじゃない数字だな」


 俺の父親の給金くらいあんじゃねぇか。

 一か月暮らせる金額だぜ、それ。


「でもさ、私じゃ水魔術は上手く使えないし、レミみたいに夢魔の才能もないし、腕力で勝てるはずもないしさ」

「用心棒でも雇えばいいんじゃね? 三十万あれば雇えんだろ」

「そうかもだけど……それだって被害を抑えるだけで、単純に出費になっちゃうよ」


 うーん、まぁ、確かに。

 しかも事件が起きなかったら単なる出費に終わる。

 まさかの為に備えるのも、安くねぇな。


「ちなみに、ご両親ってどうしたんだよ?」

「……今は、遠くで仕事してる」

「遠くって、どこ?」

「分からない。レミを治す為にかなりの金額を使ったみたいでね、その時に結構なお金を借りたみたいなの。担保は自分自身、お父さんとお母さんって商才と人脈は凄かったから、それを買われてどこか遠くで仕事してる」


 自分自身を担保にって……。

 そういや、レミを治すために教団幾つも当たったって言ってたもんな。 

 

「そのこと、レミは?」

「言えるはずないでしょ、ユーティだから喋ってるの」

「俺だからって……」

「正直、ちょっと疲れちゃっててさ。少しくらい、寄りかからせてよ」


 席を立ったティアは、俺の横に座るなりコテンっと頭を預ける。 

 言葉通りの意味なのか、精神的にって意味なのか。……両方かな。

 

「……まぁ、幼馴染だし、好きにしていいけどよ」

「うん」


 時計の針の音が室内に響く。

 下からは店員さんの声も聞こえてきて、通りの騒がしい雑音も聞こえてくる。

 思えば、店員さんって全員大人の女性だったよな……ティアが店長なのに、一番年下なのか。

 経営者として独り立ちする年齢じゃねぇし、心細かったのかな。


「ああ、そういや最近臨時収入あったんだよな」

「……臨時収入?」

「そ、三十万だっけ? それぐらいの補填、今すぐ立て替えてやるよ」

 

 とある事情により俺の財布にはうなる程の大金が眠ってるんですよね。

 代償として母さんが号泣してたけど、半額渡したらしばらくして泣き止んだ。 

 金の力は怖いね。


「ダメ」

「別に気にすんなって」

「ダメだよ、そのお金を受け取ったら、ユーティとの関係がお金の関係になっちゃう」

「……」

「私とユーティは幼馴染のままがいいよ。レミとニーナみたいに、一緒にロカ村で笑ってるみたいな、昔のままがいい……。私だけのけ者にしないでよ……ユーティ」


 そういう、もんかね。

 別にこんな金なんざどうでもいいと思ってんだけど。 


「じゃあよ」

「……」

「この三十万で俺を雇えよ」

「……なにそれ」

「用心棒が欲しいんだろ? どうせ暇だしよ、この店に寝泊りしてもいいぜ?」


 それに、ニーナの言ってた勇者様ってのも、どうせだから探してみるとするかな。

 ユニマスからロカ村に来るって噂だけで、全然来やしねぇの。

 どれだけの勇者様なのか、俺の目で判断しようかな。


「ユーティ」

「あん?」

「ユーティは、変わらないね」

「そうだな……その方がいいだろ?」

「……うん、その方がいい」


 二人っきりだと妙にしんみりしやがって。

 昔みたいに変態言われてた方が、ティアらしくていいんだけど。


☆★☆★☆


次話『いらっしゃいませ、お客様、お胸が少々大きいようでございますね』




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