第八話 レミの告白
俺ってば相当に恨まれてたのね、ムキムキマッチョな方々が次々に襲ってくるわ。
「粛清ッッ! 粛清ッッ! 絶対粛清ッッッ! ハイイイイィッ!!!!」
おほっ、すんごい拳。――――蒸気魔術:ピストン加速――――まぁ避けるけど。
両手を合わせて蒸気を噴出、高速移動が可能な俺にそんな遅い攻撃当たる訳ねぇだろ。
殴られた真っ白な床が一撃で粉砕されちったぞ、こりゃ喰らったら死ぬな。
「貴様、神の粛清を避けるでないわ!」
「避けなきゃ死ぬだろうが!」
「死ぬことで開ける悟りもある!」
「無茶言ってんじゃねぇ!」
――粛清! 粛清! 絶対粛清! ハイイイイィツ!――
――粛清! 粛清! 絶対粛清! ハイイイイィツ!――
――粛清! 粛清! 絶対粛清! ハイイイイィツ!――
うるせぇんだわ……何で低俗な教団ほど声揃えて叫ぶんだろうね。
しかも叫びながら俺のこと総出で狙いやがってよぉ。
幸いティアは狙ってねぇみてぇだから、避けるだけで大丈夫なんだけど。
「逃げてばかりか、この異教徒が!」
――逃げてばかりか! この異教徒が!――
――逃げてばかりか! この異教徒が!――
――逃げてばかりか! この異教徒が!――
避けるのも面倒だから、水魔術:永遠の水獄に閉じ込めちゃいましょうかね。
左手から水を噴出させて、飛び掛かってくる奴らを一人一人確保と。
ちっ……さすがに白髭ジジイは突っ込んでこねぇか。
「貴様! 水の壁とは卑怯だぞ!」
――水の壁とは卑怯だぞ!――
――水の壁とは卑怯だぞ!――
――水の壁とは卑怯だぞ!――
「この部分は真似せんでいい!」
――この部分は真似せんでいい!――
――この部分は真似せんでいい!――
――この部分は真似せんでいい!――
「……むぅ、この馬鹿どもが」
一列に並んだマッチョたちを見て、思わず笑いが零れちまったぜ。
ぷーくすくす、コイツら体いじり過ぎて頭やられてんじゃねぇのか?
「馬鹿なのもしょうがねぇんじゃねぇの? 全集中して股間膨らませてた奴らだもんな」
「貴様……バラン神の教えを侮辱するか」
「俺の知ってるバラン神の教えは、もうちょっと大らかな感じだったと思うぜ?」
「神の言葉は人により理解を変える、我々はそう受け取ったまでのことよ」
「誘香を悪用して性行為することが神の教えだと? ふざけんじゃねぇよ、そんなの邪教じゃねぇか」
「我が信仰を邪教と申すか、この異教徒がッッ!」
「勝手に理念捻じ曲げられて、バラン神も可哀想なもんだ」
爺さん、筋肉で肥大した足を地面に踏み込んで、鬼の形相で叫びやがった。
「捻じ曲げてなどおらん! 性欲を満たすことで聖人になる信徒もおるのだ! 彼女たちは我らが教えに従い、その身を捧げたにすぎん! 丁重に、相手が満足するまで一晩で千回以上絶頂させてやった! 愉悦に浸り、自我を失った瞬間こそ、真の悟りを開くことが可能なのだ!」
「へぇ、一晩で千回? それ性器壊れるんじゃね?」
「その為の治癒魔術だッ! 壊れても犯すッ! 壊しても犯すッ! 壊れるまで犯すッ! 破壊と創造の先にこそ真理は存在するのだッッ! その為の神聖なるこの場を、貴様ごときに破壊されても――――」
お、やっと気づいたか?
「……ロ、ローグレント様? 今のお言葉は……」
何百という魔術教団の団員が白いローブから嫌疑の目を投げかける。
既にここ、神殿の入口だぜ?
熱心な団員さんが多数いる中で、よくもまあ叫んだもんだ。
「な、なぜだ、儂はまだ神殿内部にいたはず」
「水魔術:水面像……俺の魔術って周囲を切り取ったみたいに映し出すこと出来るんだよね」
「な、なんだと?」
「命魂魔術教団なんて大それた名前つけやがって、酒池肉林教団に名前変えろバーカ」
パチンって指を鳴らすと、周囲の水壁が一斉に液体へと変化を遂げた。
そして現れる魔術教団の面々、真実を知らない人が多かったのかな?
被害者の数が少なかったんだろうな。
コイツ等は一人の女の子を徹底して犯し尽くしてたみてぇだし。
万死に値するぜ。
「ユーティ・ベット・トリミナルゥゥゥゥッッ! ッゥ! ウウウウゥッ!?」
「相手が悪いんだよねぇ、俺相手に勝てるとか思うなよ?」
「な、なんだ、左手から水が、触れられてもいないのに水が止まらん!」
相手の手首を掴むことで強制的に協力魔術を実行する。
これがこの世界の常識だが、既に俺はその段階は超えた。
「貴様、何を笑っているッ!」
「いやぁ、低レベルだなぁって」
液体を通せば水魔術に限り協力魔術が可能となる、これも俺の研究成果だ。
これで勲章も一個貰ってる、褒賞として村一個を統治する権利も与えられた。
爺さんたちの手首にしっかと水分があるんだよねぇ、さっき自分達で吐いたツバがさ。
その程度の水分で十分なんだ、俺の魔術は一滴あれば効果を発揮する。
水魔術を使うのは女性が主流だ、相手に触れずに巨漢を倒せるんだから、最高だよな。
ただ、このレベルに至るまでがちっと大変だから、まだ一般には広まってねぇけど。
「み、水が止まらん……な、なんだ、頭が痛い」
「無知な爺さんたちに、簡単な水魔術の授業をしてやろうか」
「授業、だと?」
床一面に濡れた水が溢れちまってるのを、くんっと指一本でまとめて持ち上げる。
球体になった水分はふよふよと浮かび、そのまま人の形へと変化した。
「人間の体は成人なら六十五パーセントが水分で出来ていて、老人であっても五十五パーセントは水分で出来ているんだ。その内の二パーセントが無くなれば頭痛を引き起こし、四パーセントで激しい渇きを訴え、七パーセントで起き上がれなくなり、十パーセントで死に至る」
「な、なんだと」
「頭が痛いんだよな? ってことは二パーセントは無くなったって事だ。そろそろ四パーセント、喉が渇いてきたんじゃねぇの? 俺は止めないぜ? ほれ、どうするんだ? 七パーセントまでいっちまうぞ?」
目の前で水人形の水分を抜いていく。
爺さんたち、目に見えて唇がガサガサになってやがるな。
被害にあった女の子のことも考えて、容赦なく十パーセントまで――――
「ユーティ」
俺に追いついたティアが服の裾をきゅっとつまみながら、首を横に振った。
「……ああ、そうだな。俺の目的はレミの救出であって、コイツ等の成敗じゃないもんな」
――――しょうがねぇ、ティアに免じて七パーセントで許してやるか。
どうせ王都から兵団が派遣されて、この神殿もろとも命魂魔術団は解散だろ。
「さてと……おい爺さん、レミの居場所はどこだ?」
「……ぐっ」
「言わねぇのなら、体内の水分を一気にゼロにするぞ」
「ひっ、わ、分かった、喋る、全部喋るから、殺さないでくれ……ッ!」
★☆★☆★
「レミ」
「……ユーティくん」
無駄に大きな部屋に、一人布団に寝かされている彼女がいた。
相も変わらずの真っ白な部屋で、床と壁の境界線すら怪しいほどだ。
「こんな部屋にいたんじゃつまらねぇだろ、とっとと出ようぜ?」
「……ダメだよ、私、実は」
「サキュバスだったんだろ? 全部聞いたよ」
「なら」
「別にいいって、今こうして会話出来てるのも、俺の水魔術が勝ってるからだろ? それに誘香だって水の膜で封印してやる、もう他の男たちに狙われる心配もねぇんだ」
香りも水魔術の専売特許だ。
香水と名付けられた魔法の水は、以前発売した魔法水よりも遥かに高値で売買されている。
サキュバスの誘香を封印するには香水だけじゃ足りねぇだろうけど。
俺と母さんがブレンドした魔法水なら、絶対に封印する事が出来るはずだ。
「……ううん、それだけじゃない、それだけじゃないの」
「レミ?」
「私、自分の性欲も抑えられない時があるの。そういう時にね、もう一人の私が表に出て来ちゃうんだよ。止められないの、特にユーティくんを見ている時が、一番危険なの。色んな考えが吹き飛んじゃって、ユーティくん以外いらないってなっちゃって、私が私じゃないみたいになっちゃって……死んじゃうんだよ、私としたら、ユーティくんが死んじゃう。そんなの、嫌だよ」
結構……深刻な悩みだったんだな。
昔からレミだけは一歩引いた場所から見てる感じがしたけど。
笑顔の裏に隠された涙……か。
つんつんって肘で突つかれ振り向くと、ティアが耳打ちしてきた。
「レミね、よく口にしてたんだ。ユーティが一人ぼっちになったら、私が君と一緒になるって」
「そうなのか?」
「それって多分、一緒になって死ぬ……って、意味だったんじゃないのかな」
サキュバスであるレミとの性行為は、死を意味する。
それを考慮して、必死に隠し通してきてたって訳か。
「バカだな」
「……ぐすっ……」
「昔の俺はどうだったか分からねぇけど、今の俺は大丈夫だ」
「でも、さっき」
「さっきはレミがサキュバスだって知らなかったからな、誘香の防御方法は今となっちゃ幾通りもある。さっきも言った通り、レミに水の膜を張るのもよし、誘香の根本であるフェロモンを抑え込むのもよし、誘香以上の誘惑で逆に押さえつけちまうのも良し。レミとそういう事をして、生き延び、サキュバスの力そのものを失くしちまうって手もあるんだからな」
まぁ最後の方法は、レミと生涯一緒になるって意味でもあるんだが。
さすがにそれは俺が決めたらダメだよな、レミの人生は、レミが決めないと。
「もしレミがレミでなくなったとしても、俺が必ず抑えてやる。だから、ここから出ようぜ」
「ユーティくん……」
横になったレミをひょいと抱き上げると、想像以上に軽くて驚いた。
女の子の体重ってこんなんしかねぇのか? 片手で持てちまうぞ?
「ユーティくん、あのね」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「さっき、しちゃった事なんだけど」
「さっき?」
お姫様抱っこしたまま、レミとティアの三人で神殿内を歩く。
さっきのジジイを倒したからか、誰も邪魔する奴はいないな。
「あー、レミ、ユーティね、そこら辺のこと何も覚えてないんだってさ」
「……そうなの? それってやっぱり、私のせいで……」
「残念ながら何一つ覚えてねぇ。前に魔術学校の先生に言われた事があるんだが、俺の中には非常停止系の魔術が眠ってるらしくてな。俺に生命の危機が訪れると、自然とそれが発動するらしい。ただし、発動した場合、記憶がある程度抹消されちまうんだ」
代償系の魔術は、基本的に威力や効果が段違いだ。
俺の場合も、俺の肉体がどんな状態であったにしろ死には至らない。
そう考えた場合、レミとの性行為も実はノーリスクなのかもしれないな。
「そうなんだ……じゃ、じゃあ」
「その時に何があったにしろノーカウントだろ。お互いに正気じゃなかったんだろうしな」
「そう、だよね。ノーカウント、だよね。……え、えへへ、ぐすん、えへ、……ひっく」
「泣いてんのか笑ってんのか、分かんねぇぞ」
「だって、もう、感情がぐちゃぐちゃなんだもん」
お姫様抱っこされながら、レミは泣き笑いしながら俺を見上げる。
ずっと隠し続けてきた右目、赤く染まり縦に瞳孔が開いたその眼は、サキュバスの瞳だった。
「ユーティ」
「なんだよ」
「大好き……」
「……ありがとさん」
やっと微笑んでくれたな。
レミはこうじゃなきゃ。
★☆★☆★
次話『偽勇者様、ご来訪』
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