第8話
「今日は、いつもより楽しそうじゃん」
「そう? そうかもしれない」
金曜日。場所は、いつものラブホテル。時間は、深夜一時。電気を全て消し、月の光だけを部屋に取り込んだ空間。街灯のない田舎の田んぼ道よりは明るいけど、都会の街並みよりは暗い。甘い空気はなく、デートもしない。相手のことは何も知らないし、知る必要もない。いつもと同じように駅で待ち合わせをして、お互いの好きな人になりきって、やることだけをやる。体だけを満たして、はい、さようなら。
よく考えたら、心の繋がりは最初から必要なかったのかもしれない。一時期は、守と両想いになれないのなら、目の前の彼女と恋人ごっこでもして、偽りの関係を手に入れたいとさえ思った。どうかしていたんだわ。相手を想うから、同じだけ返してほしいと欲張りになる。相手の感情、その全てを求めてしまう。でも、「自分と同じ種類の好きと熱量」を、相手が同じだけ与えてくれるとは限らない。だから、無駄に傷つく。淡い期待は捨ててしまうのが正解だ。今はもう、大好きな守の連絡先もSNSも、全てブロックしている。そんなものを拒むだけで、体も気持ちも楽になれた。
私の吹っ切れた態度が面白いのか、守はいつもより饒舌だった。
「その様子だと、あざみにとってこの関係は、もう必要ないのかな」
「ううん。死ぬまで一生必要だよ。守に満たしてもらわないと、一週間持たないから」
「そう。奇遇だね、アタシも」
最後にふっと笑い、ベッドから飛び降りる。もう何十回見たかも分からない動き。でも、虚しさを感じなかったのは、今日が初めてだ。浮き沈みするベッドを、鼻歌交じりに眺める。
あんなことがあっても、私はずっと守が好きだ。だって、彼女以上に好きだと思える相手は存在しない。死ぬまでずっと、「好き」という気持ちを抱えなければいけない。両想いになれないと分かった上で、想い続けないといけない。簡単に「好き」は消えてくれない。そんなの、辛すぎる。だから、私を満たしてくれる存在が必要だ。でも、誰でもいいわけじゃない。同じ傷を抱えているであろう「守」でないと、駄目なのだ。
これからも私達は、週に一度、金曜の十一時から二時間だけの行為を続ける。どちらかに好きな人ができて、この関係が解消されることは絶対にない。年齢や職業、本名さえも知らない相手だけど、それだけは確信を持てる。
金曜の夜という時間は、社会人の私にとって至福のひと時だ。一週間の仕事から解放され、失くした何かを満たしてもらえる。
サイドテーブルのお金を眺める私は、きっと笑えている。
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