第5話 追放聖女の復讐

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 十八歳。


 セーネ王国の聖女だったわたくしは、元婚約者のカーティス殿下とクラーラ様から、パーティーで国外への追放を命じられました。です。

 

 荷造りを終えたわたくしは、準備していた隠れ家に移りました。隠れ家といっても、大したものではありません。


 復讐の準備はできているのですから。



 まず、わたくしはお父様を陥れたキャボット伯爵の領地だけ加護を解くことにしました。


 加護を解くと瘴気が溜まるせいで魔物が発生しやすくなり、危険な地域との間に張られている結界もなくなります。加護は聖女として大切な仕事の一つです。


 その影響はすぐに現れました。


 魔物が多く出没するようになったキャボット伯爵領からは早々に領民が逃げ出し、目に見えて税収が減り始めたのです。少し行けば魔物が出ない安全な他領で暮らせるのですから、当然のことでした。


 クラーラ様も聖女としてキャボット伯爵領に加護をかけ直そうとしましたが、徒労に終わりました。


 わたくしに国外追放が命じられたパーティー。あのとき、わたくしがすんなり追放を受け入れると、カーティス殿下とクラーラ様は慌てふためいていらっしゃいました。


 それはそうです。国土どころかひとつの領地を守る加護ですら、クラーラ様にはのですから。それがなぜかについては、また後でお話ししましょう。


 話を戻しましょう。


 魔物が多く出没するようになったせいでキャボット伯爵は王都に避難することになりました。領地経営が成り立たなくなった彼は、あろうことか国庫に手を出しました。


『魔物が溢れて困窮したことによる国庫からの横領』についてはがあったため、キャボット伯爵の動きはすぐに明るみに出て捕らえられました。


 ――“「そんな『』などない! あれは作り話だ! くそっ! なぜこんなことに!」”


 街の人の噂によると、キャボット伯爵はそう叫びながら牢に入れられたと聞きます。


 と同時に、没落し一家離散したセジヴィック公爵家への同情も広まり始めました。


 件のセンセーショナルな『前例』とは四年前に起きたことです。


 それは、セジヴィック公爵領に多くの魔物が放たれ、沈静化に手間取った上に先の領地経営に絶望したセジヴィック公爵が国庫に手を出したというものでした。


 偶然にも、当時それを告発したのはキャボット伯爵でした。


 辣腕と評判だったセジヴィック公爵が残したとは到底思えない、あまりにも稚拙な証拠を添えてのことだったそうです。


 もちろん、セジヴィック公爵――お父様はそのような人の道に反することはしておりません。


 しかし、政敵が多かったお父様のこと。周囲が結託してしまえば、身の潔白を証明することは難しくなりました。お父様はそのまま自死を選びました。


 その『前例』以来、セジヴィック公爵家の人間は皆、卑しい下賎な存在だと言われることになります。


 街の人々は、四年前のあの『前例』の真相を知りつつあるようです。わたくしは、少しでもお父様の汚名を濯げたのでしょうか。




 ところで、聖女だったころのわたくしは国王陛下に薬を処方していました。定期的に体内を浄化し、長生きをさせる聖女の秘薬です。


 かつては手を当てて聖女の力を浴びせるだけでしたが、秘薬を処方するようになったのはわたくしのお姉さまが亡くなってから――のこと。


 国王陛下はわたくしを卑しい無能だと蔑み、お父様やお兄様のことを悪く言っておいでだったくせに、なぜかわたくしの浄化だけは文句を言わずに受け入れていました。


 皮肉にも、誰よりもわたくしの聖女としての力を評価してくださっていたのは国王陛下だったのかもしれませんね。


 秘薬の処方を提案したときも、疑うことなく受け入れ口にしました。


 国王陛下はお父様がキャボット伯爵に嵌められたとき、お父様の言葉に全く耳を貸してくださいませんでした。


 それなのに、わたくしが作った秘薬を疑いもせず体内に入れるなんて。


 わたくしが国に二心を持ちうる家の令嬢だと忘れてしまったのでしょうか? いいえ、わたくしの従順な演技があまりにも上手だったのだと信じたいところです。


 聖女の秘薬には、浄化を強める効果があります。秘薬が体内に蓄積すればするほど、体の中が常に綺麗な状態になっていきます。


 一見いいことにも思えますが、行きすぎた浄化は毒です。体内が完全に浄化された状態では、どんなものも毒になりえるからです。


 パンもワインもお肉も野菜も何もかも。甘い甘い果実水でさえ、国王陛下の体に入れば苦く痛い毒に変化します。


 聖女の秘薬を飲みつづけて一年もすれば、国王陛下のお体は薬漬けでした。私の薬がなくては国王陛下は生きられません。


 ちなみに、聖女の秘薬は本当に体の状態が悪い人間が摂取すれば正しい効果を発揮することだけは、誤解がないように付け加えておきましょう。


 お父様の遺書には『おまえたち家族のことは国王陛下にお願いしてある』と書いてありました。


 何事にも用意周到なお父様のことです。自分の命と引きかえに、わたくしたち家族が生き延びていけるよう国王陛下への根回しを済ませ、手筈を整えてあったのでしょう。


 しかし、国王陛下は自分の命を賭したお父様を裏切りました。その結果が現状です。


 わたくしは婚約を解消され、お姉さまは国から持ちかけられた縁談を受けて死に、お母様は薬に依存して死に、お兄さまも戦場に行かされたのです。


 国王陛下は日和見をするところはありましたが、馬鹿ではありません。きっと、自分の体が弱りきったことを察したときに、わたくしの復讐に気がつくのでしょう。


 自分の体を救えるのは自分が見殺しにした一族の末娘だけだ、と。


 もう聖女ではないわたくしには、関係のない話になってしまいましたね。




 さて、キャボット伯爵領は魔物で溢れ、とても人が住める場所ではなくなっているといいます。ですが、領民は皆結界で守られた隣の領主の街へ逃げられたそうで、それだけはホッとしました。


 こんなひどい状況で、国の安寧を担うのは誰が相応しいでしょうか。


 それはやはり、自慢の子どもたちであるべきだとわたくしは思うのです。


 わたくしは、カーティス王太子殿下とクラーラ様が男女の関係を持っていることを存じていました。


 別に調べたわけではありません。クラーラ様がわたくしの部屋にやってきてはご自分でお話ししていたのです。


 そんなクラーラ様に対し、遠慮がちに『男の子を授かる聖女の魔法』があると伝えれば、クラーラ様は身を乗り出すようにして大変に興味を示されました。


 わたくしはそこでクラーラ様のお腹に手を当てました。これは、聖女だけに伝わる秘密の魔法です。こうすると聖なる力を持つ子供が生まれてくるのです。


 どうしても聖女が生まれてこない時代に苦肉の策として使われていた魔法だそうですが、一つだけ問題があります。


 それは、生まれてくる子どもの性別は男の子になり、当代聖女は男性になるということです。


 そしてその子は男性である代わりに、特別な力――『真実を見抜く目』を持って生まれてくると言われています。


 クラーラ様は、きっとその子にわたくしのことを話すでしょう。公爵令嬢ながらも、家が没落し、役立たずとして追放された前代聖女のことを。


 我が子の『真実を見抜く目』に晒されたクラーラ様は、わたくしのお姉さまを辺境伯家に嫁がせたことを反省するでしょうか。……いいえ、どんなに反省してももう遅いとは思います。


 ちなみに、わたくしが追放を言い渡される少し前にクラーラ様が『聖女としての力を目覚めさせた』のは残念ながら勘違いです。


 聖なる力を持つ子どもを身籠ると、母体には聖なる力が溢れ、聖女と錯覚するような力を持つことがあります。クラーラ様が目覚めさせたという聖女の力はまさにそれでした。


 ごく弱い加護をかけられ、浄化もでき、怪我も治せますが、ほんのわずかな力にすぎません。お腹の中の子どもから滲み出ている聖なる力を借りているだけのことです。


 クラーラ様とカーティス殿下は、クラーラ様に目覚めた聖なる力がとても弱いということには気づいていたようです。


 だからこそ、国外追放を言い渡しておきながらわたくしを引き留めようとしたのです。


 クラーラ様が聖女として目覚めれば、わたくしは大義名分を持って国外追放していただける。それを利用してお腹の子に聖なる力を与えたわたくしは非道でしょう。


 わたくしから幸せを奪った人たちへ復讐をしたことには後悔はありませんが、クラーラ様のお子さまにだけは、申し訳ないことをしたと思います。


 強制的に聖なる力を与えられたあなたに、どうか幸せが訪れますように。もしわたくしに聖女としての心を残すことが許されるのなら、あなたに祈りを捧げます。





 全てを見届けたわたくしは、隠れ家を出ました。


 カバンを一つ持ち、乗合馬車に向かって隣国へと向かいます。国外追放処分になったとき、国王陛下は隣国宛てに『不要になったうちの聖女をくれてやる』という書簡を送ったそうです。


 三年前、セーネ王国を訪れていたテオが『この国の聖女に会いたい』と何度も面会を要請したからこそでしょう。その見返りには、たくさんの対価が支払われたといいます。


 聖女として追放されたわたくしを見て、テオはどう思うでしょうか。わたくしだと気がつくのでしょうか。


 わたくしがセーネ王国にしたことは、あの二週間でテオたちがくださった知識をもとにしたものでした。彼は、自分が教えたことを使ってまさかわたくしがこんなことをするとは夢にも思わないでしょう。


 ですが、わたくしは大切なものを奪われすぎました。たとえどんな復讐をしたって、お父様もお母様も、お兄様もお姉さまも、もう誰も戻ってきません。


 それがわかっているのに、憎しみを抑えられなかったのです。


 わたくしはとんでもなく愚かでした。

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