第2話 聖女
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わたくしクローディア・セジヴィックは、十八年前にセジヴィック公爵家に生まれました。家柄にも聖なる力にも恵まれ、五歳の時には国の聖女の座に収まりました。
聖女になった五歳のあの日、お父様が『聖女クローディアの分身だ』と言って国民全員にわたくしの聖女の力を込めた『ガラス玉』を配ったことを懐かしく覚えています。
わたくしの銀色の髪とラピスラズリのように透き通った瞳を崇拝する大人が多く、幼い頃は戸惑ってばかり。
その頃周囲に決められた婚約者の名前はカーティス・マクフェイル。この国の王太子殿下です。
わたくしは毎日セーネ王国の平和と安寧を祈る日々。魔物を寄せ付けない結界を張り、人々の病や怪我を直し、大地を豊かにし、瘴気を浄化しました。
けれど、その毎日は永遠には続きませんでした。
――お父様が政敵に敗れたのです。
セジヴィック公爵家が没落したのは、わたくしが十四歳のときのこと。
お父様を嵌めた政敵は狡猾でした。正直さを信念とし人徳あるお父様の自尊心をズタボロにするやり方で徹底的に叩きのめし、お父様は自死を選ばされました。
優しかったお母様は苦しみから逃れるために禁止されている薬物に手を出し、廃人となりついには死にました。
王立騎士団で華々しい活躍をしていたお兄様は、援軍もなしに魔物がひしめく死地へおくられることになりました。そして、骨すら帰ることはありませんでした。
美しかったお姉さまはお父様を陥れた政敵の手配により、遊び人と評判の辺境伯家の長男のもとに嫁いで行きました。
聖女である妹を人質のような形で王宮にとられているお姉さまに、拒むという選択肢はありませんでした。
――家の没落から一年後。
十五歳になったわたくしは、秘密裏にお姉さまの嫁ぎ先を訪ねました。寂しくて、どうしてもお姉さまに会いたくなったのです。
そこでお会いしたお姉さまは、髪も肌もボロボロ。腕や顔には痣が見え、かつての美しさがうそのようです。
どんな暮らしをしているのかが一目でわかり、わたくしは震えました。ですが、わたくしは聖女です。お姉さまを癒す力があります。
せめて、と痣や怪我を直そうと震えながら手を伸ばしたわたくしの手を、お姉さまは力のない瞳からは想像できないほどの力強さで掴み、仰いました。
「クローディア。よく聞いて。もう二度とここにきてはいけないわ。あなたをここに案内した執事が、あなたを非道な夫への貢物にしようと外で待っています。今すぐにわたしが渡す服に着替えて、表ではなく裏口から逃げて。わたしができる限り時間を稼ぐから、とにかく走って逃げるの」
「お姉さま……お願いです。わたくしと一緒に逃げてください。こんな状態のお姉さまをおいていけません」
「いいえ。わたくしが逃げたらあの男はどこまでも追いかけてくるでしょう。わたくしたちにはもう守ってくれる後ろ盾がないこと、よくわかっているでしょう? だから、クローディアだけでも逃げて。そしてもう二度とここへは来ないで。どうか、お願い」
わたくしは聖女ですが、すでに当時王宮で力を疑われていました。卑しく穢れたセジヴィック公爵家出身の聖女に、国を維持する力などないと思われていました。
お姉さまの言うとおり、もしわたくしがお姉さまの保護を訴えても認められることはないでしょう。
わたくしは毎日民のために祈りを捧げていますが、この国の王族や貴族はそれを『歴代聖女の猿真似』だと揶揄しているのですから。
かつて聖女の座が空席になったとき、この国は未曾有の災害に見舞われました。わたくしの聖女としての価値は、ただ『聖女の座を埋める』だけ。ほかの聖女があらわれるまでの繋ぎでしかないのです。
「私のためを思うのなら、お願いだから逃げて」と縋るお姉さまに振り払われるようにして館を出たわたくしは、泣きながら走って逃げました。
案の定、辺境伯家の人々が追っ手を放ったようでしたが、運良くわたくしは一人の男性に助けられたのです。
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