追放聖女の独りごと

一分咲🌸生贄悪女、元落ち⑤6月発売

第1話 追放聖女のひとりごと



 聖女として役立たずということを理由に追放された先の隣国、謁見の間。


 わたくしの目の前には隣国の皇帝陛下がいらっしゃいます。


 呆然としてわたくしを憐れむこの碧い瞳に、懐かしさを感じるのは気のせいでしょう。


 わたくしは、大理石の床に膝をつくとそのまま最敬礼をしました。


「クローディア・セジヴィックと申します」

「よく来てくれた。しかし、隣国の聖女とは……のことであったのか」

とはどなたのことなのか見当もつきませんが、かつてわたくしはたしかに聖女でございました」


 控えたままそう口にすれば、ずっとこらえていた涙がぽたりと大理石の床に落ちたのでした。



*・・・・・・・・・・・・・・・*・・・・・・・・・・・・・・・*・・・・・・・・・・・・・・・*



「クローディア・セジヴィック! お前を国外追放の刑に処す!」


 セーネ王国の王宮、煌びやかなパーティーが開かれている大広間。その真ん中で、わたくしは国外への追放を命じられました。


 わたくしに追放を言い渡したのは、わたくしの元婚約者でもあるカーティス王太子殿下です。わたくしは殿下の瞳を見つめて問いかけます。


「殿下、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 この国は法治国家ではなかったのでしょうか。……いいえ、周囲にいらっしゃる殿下の取り巻きの皆さんは目を泳がせています。これは誰かの了解を取った上で行われている茶番というわけではなさそうです。


 冷静に状況を分析するわたくしを馬鹿にするように笑いながら、カーティス殿下は彼の隣にいる令嬢の肩を抱きました。


「そんなの、言わずとも明白だろう。お前は穢らわしい汚れたセジヴィック家の生き残りだ。今まで、聖女として祈らせてやっていたことを感謝するんだな。先日、僕の婚約者のクラーラに聖女の力が発現した。今後はお前の祈りなど必要なくなったから国外追放してやる」


「カーティス様、あまりひどい言葉を使ってはいけませんわ。この子が聞いています」


 愛おしそうにお腹をさすりながら首を傾げたのは、クラーラ・キャボット様です。


 伯爵令嬢の彼女は、数年前までわたくしの良き友人でした。今は王太子殿下の婚約者で、たった今、聖女にもなったようです。


 わたくしの返答を待つことなく、周囲から喜びの声が上がります。


「なんと……! ご婚約者様が聖女の力を目覚めさせた上にご懐妊でいらっしゃいますか! おめでとうございます」

「まだ正式なご結婚前ではありますがなんと喜ばしいことだ」


 カーティス殿下は上機嫌で声高らかに宣言します。


「お前のことは国民全員が疎ましく思っている。なるべくたくさんの人間に見せるため、今日この場で追放を宣言した」

「でも、クローディア様を国外追放にするのは……せめて、ご両親のお墓参りのときぐらいは入国を許可して差し上げては。ただでさえ家族がになってかわいそうなのに」


 クラーラ様の言葉に、周囲から「なんてお優しいんだ」「本物の聖女様は違うな」という声が聞こえましたが、わたくしには神経を逆撫でする言葉でしかありません。


 わたくしは怒りをぐっとこらえると、淑女の礼をしました。そうして、大広間を退出します。


「では、わたくしはこれで失礼いたします」

「そうだろうそうだろう待ってほしいだろう……ってえっ? ……あっあっ、待て! これで終わりか? ちょっと待て!」

「そ、そうですわ。もしクローディア様が泣いて縋るのでしたら処遇を殿下に進言して差し上げてもいいですわ!」


 カーティス殿下とクラーラ様の驚いたような声が聞こえましたが、この先はわたくしの知ったことではありません。


 わたくしは聖女として最後の微笑みをたたえると、お二人の言葉を聞き流してそのまま大広間を後にしました。


 のですから。




 ――今日をもって、聖女だったわたくしは消えるのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る