第3話  妖刀大太刀『風斬り野太刀』


 風のように駆け、嵐のように振るう。それで幾多の首が飛ぶ。少年が振るう野太刀の刃に。

 少年はそうして振るう、身の丈を越えるその刀を、体ごと、体ごと。彼はそうして殺す、自らへ向けられた追手を。少年を討伐せんと差し向けられた、武装した兵士の一団を。


 繰り出される槍をかがんでかわし、草が風になびくように、我が身を地べたへ倒しつつ薙ぎ。突風に散る草のように、兵どもの脚が断ち斬られる。そこへ旋風つむじのように跳び、身を翻しつつ宙から太刀を振るい。血飛沫上げて首を飛ばす。まとめて幾つもの首を。

 突き出される幾本もの槍を、絡め取るように太刀でいなし。返す刃を跳ね上げて、これもまとめて柄を両断。悲鳴を上げて背を向ける兵らの、その背へ向けて跳びかかる。

 少年に表情はなく、言葉はなかった、ただ広い草原を駆けた。わずかに武器のかち合う音、斬られる兵の断末魔だけが、夕空へ空虚に響いていた。


 少年の手にした『風斬り野太刀』、それは妖刀。一度ひとたび抜かば心奪われ、妖刀の欲するまま人を斬ることとなる。斬らねば心、解放されぬ。その数、実に一千人を。

 それは魔王の放った策、あるいはただの戯れか。人の手により人を斬り、人を減らす。そんな妖刀ではあったが、多くは十人も斬らぬ間に、人の手により制圧される。

 少年は違った。物心つくかつかぬかの頃、捨てられていた彼は。同じく道端に打ち捨てられた刀を拾い、抜いた。以来、彼は心囚われた。物心もつかぬその心を。故に彼の心は刀そのものとなった、人ではなく。

 故に。違った、彼の太刀筋は。人が人体ひとの理屈に沿い、刀を操るのに対し。彼は刀の理屈に沿い、自らを操らせた。故に速く、故に強く。刃筋狂わすことなど有り得ず、断てぬものなどどこにも無し。


 そして、そのときもまた。斬っては捨てたる兵百人。その屍転がる中、血に染まった草原の上、息の一つも切らさずに。少年はただ、口を開けていた。烏鳴き騒ぐ下、大太刀を担いで――初めて抜いた時には子供でも持てるほどに、短く細かった妖刀は。彼と共に育ったかのように、いつしか身の丈を越えていた――。

 そのとき、声がした。青年の声。


「素晴らしい」

 続けて間延びした拍手。夕日を背に、逆光の中に青年の影。

「人の心が無い、君は。力だけがある、刀を自らの一部のように、否、自らを刀の一部のように扱う。探していた、君の――」


 声の主が少年に歩み寄ろうとした、そのときには。少年は斬りかかっていた、が。

 妖刀の刃は弾き返された、青年の身を白く包むもやに。腰の鞘からわずかに抜いて、刃をちらりと見せた剣。その刀身から上がる、輝く神気に。


「……っ!」

 少年が声にならぬ呻きを上げているうちに。横合いから突如、電光の塊のようなものが伸び来る。それは野太刀に巻きつき、さらに伸びては巻きつき。刀身の元から先まで絡みついた。

さらにその先、手指のように五つに分かれた部分からは。黒い閃光が迸り、それが綱のように網のように少年へと絡みつき。四肢の動き全てが、がんじ絡めに封じられた。

 それら、伸び来た何かの根元へと、目を走らせると。女がいた。肌の全てを青黒く、何かの紋様で埋めた女が。


 そのまま引きずり倒され、血に濡れた地べたへと寝そべった、少年の前へ。

 青年はひざまずき、見下ろしながら言った。むしろ見上げるような目をして、微笑んで。

「探していた、君を。まさに君のような人間を。心などどこかに置き忘れた、類稀な力だけを持った人間を。――心無く、強き者を」

 そうして、縛り倒された少年の手を握った。

 少年はただ口を開け、青年を見上げていた。




 ――このようにして出会ったということでございます、三つの武器の持ち主は。『英雄』、『呪腕』、『風斬り』と、それぞれ呼ばれた猛者たちは。

 彼らとその武器の道行きが、どのようなものであったのか。それは追々語らせていただくとしましょう。

 ところで、どうです。お客様も、当店にお売りいただけるものなどございませんかな? 何かお買い上げいただくならば、お腰の剣も下取りに出されてはいかがでしょう。

 おや……そちらの物などももしや、お売りいただける品ですかな? そら、お客様の荷から突き出した、細長い包み。そこまで厳重に包まれてらっしゃるのなら、よほど価値のある……売り物ではない? 左様で。

 ――とは、申せ。もしも気が変わられましたら、ぜひ当店へご用命を。手放されるのでしたら、ぜひとも――。


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