手を振る祖母

私は小学校四年生の時、父方の実家のある宮城県の駅も無い小さな町に転居した。

母方の祖母と私の父の折り合いが付かず、そのまま仲違い。

おばあちゃん子だった私は毎日泣きじゃくり、最後まで抵抗したのを記憶している。

だが、子供の都合等聞き入れられるわけもなく、そのまま母方の祖母とは離れ離れとなった。


そんなこともあってか、父方の祖母は私を大変可愛がってくれた。

しかし、幼かった私はすぐには受け入れることが出来ず何度か酷いことも言ってしまい、祖母を傷つけてしまっていたと思う。

それでもいつも笑顔で私に接してくれていた。


学校の登下校時に、毎日祖母の家の前を通る。

家の方を見ると、道路に面した勝手口を開けて祖母が立っていた。

私を見つけるとニコニコと手を振ってくれている。

私も笑顔を作り、大きな声で「行ってきまーす!」と声を掛けた。


毎日毎日。


雨の日も雪の日も。


中学生になっても登校時はもちろん、部活で遅くなったとしても、私を見つけると手を振ってくれる。


「ばあちゃん、夜はもう寝てる時間じゃないの?」と聞いたことがあったが、「ばあちゃんの楽しみなんだ!」と笑顔で答えてくれた。


高校生になり私も思春期を迎え、そんな毎日の祖母の見送りにも素っ気ない態度で返す様になった。

ちらりと見えた祖母の表情は寂しそうだった。

帰る時間も不規則になり、初めのうちは閉まった勝手口を見て罪悪感を覚えもしたが、それも次第に薄れてくる。


高校を卒業し、社会人になっても祖母は見送りに立ってくれていた。

私の車を見つけては、過ぎ去るまで手を振ってくれる。

その頃には私も祖母へ笑顔を向けて手を振り返していた。

祖母の表情に安心の色が浮かんでいるのがわかった。


その後も私が25歳になり、転職し祖母の家の前を通らなくなるまで私に手を振り見送って、帰りも手を振り労ってくれていた。


毎日毎日。


雨の日も雪の日も。


そんな姿に深い感謝と共に、素っ気ない態度を取ったことに対しての罪悪感を抱く。


「ばあちゃん、素っ気ない態度を取ってごめんね。そして本当にありがとう。俺はもう大丈夫だよ。」


これは祖母の葬儀の時に掛けた私の言葉。


私が24歳の夏に祖母は亡くなった。


家も道路の拡張工事の為、その一年前に取り壊されている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る