犬の鳴き声

良質な睡眠は取れているだろうか。

今回は私が不眠症に陥り、3日間一切寝ることが出来なかった時に体験した話。


その頃の私は、とにかく休まずに仕事をすることが正義だと思い込み、45連勤フル残業という無謀な働き方をしていた。

若かった為自分の中では、別段疲れているとさえ思っていなかった。



【初日】


それは突然やってくる。

いつものように日付が変わる直前に帰宅し、簡単に食事とシャワーを済ませ、布団に入る。

いつもは目を閉じると、一瞬で朝を迎えていたのだが、その日は眠気はあるものの意識はハッキリとし、思考がグルグルと巡っていた。


何度も体の向きを変える。

掛布団を綺麗に掛けなおしてみる。

気分を変えるためにウィスキーを少量飲んでみる。

煙草を吸ってみる。


だが眠気を感じない。

それに加え、隣の家の犬が夜になると吠えるのだ。

若干の苛立ちを覚え、ますます睡眠とはかけ離れて行く。


目を開くと、カーテンから光が覗いていた。

時間は4時30分。

あと30分で起床時間。



【二日目】


全く眠れていないからといって仕事には特に影響も無く、滞りなくその日も日付が変わる前に帰宅。

同じように寝る準備を済ませ布団へ。

若干の身体の怠さを感じ、今日は眠れるかと思い目を閉じた。

出来る限り何も考えないように、意識を瞼の裏の闇に集中する。


今日も犬の鳴き声が響いていた。


一晩中犬の鳴き声への苛立ちと、瞼の裏を見続けた。



【三日目】


さすがに頭が働かない。

身体は若干の怠さを感じるだけだが、頭が着いてこない。

残業は中止し、定時で帰宅。


これ以上犬に睡眠を邪魔されては困る為、薬局で耳栓を購入した。

いつもより早い食事。

お湯に浸かり、身体を温める。

スマホとパソコンは一切開かず、目と脳を休ませる。

21時には布団に入り、身体から力を抜いて行く。


ウトウト・・・とし始めた。

いい感じだ。


そこで犬の鳴き声が響く。


せっかく買った耳栓を忘れていた。

いい感じだったのだが、既に眠気は醒めていた。


鳴き声が響いている。


布団に横になり、耳栓を奥深く詰める。


だが鳴き声が止まらない。

耳栓を詰めなおし、もう一度横になる。

鳴き声が止まらない。


犬の鳴き声。

違和感を感じた。

犬の鳴き声のようなもの。


耳を澄ませ、鳴き声に集中した。



おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい・・・



野太い男性の声が頭の中に響いていた。



【その後】


事前に上司に相談しており、もし眠れなかったら休むように言われていた為連絡し休みを頂いた。

その日は気分転換に散歩をし、特に何もせず一日を過ごした。

すると意識の外枠が広がってくるような感覚。

身体から力が抜け、眉間や頭部からも強張りが取れた気がした。

その瞬間に突然眠気が襲ってきた為、布団に入り目を閉じる。

次に目を開いた時には15時だった。

時計を見ると、二時間程寝ていたようだ。


スマホを見ると、鬼のような着信履歴。

そこで日付が変わっていることに気付いた。

丸一日以上寝ていたのだ。


もちろん飛び起きて出勤。

幸い上司には苦笑いで済まされた。


その日以降、私は無理な働き方はしていない。

しっかり働き、しっかり休む。


あの日聞こえた声。

実は聞き覚えがあった。

小さな頃に。

警告だったのでだろう。

ありがとう。

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