第65話
病院の中庭には花壇が置いてあるけど、咲いている花はひとつもない。
代表は長い足を組んでベンチのまん中に座っている。声をかけたのにずれてくれず、少し窮屈な隣に座った。
スーツの硬い生地を腕に感じた。その中に熱が包まれてる事を感じる。
「ファイルを受け取ってくれるのね」
「鈴江さんの為だ。奏多に会ったか」
「今朝ベルスに寄ってから来た。誘ったけど、店を開けるって」
風が吹き、耳に手を当てる。
「これで店長も安心するね。大切なお店だもん」
「違う。お前らだ。黒田にはアンクのスタッフ以上に大切なものは無い」
「店長って、ずっと怖い人だと思ってた」
「十年前、あいつを町田に引っ張ってくる時約束させられた。誰も死なない店にしろってな。夜職の女ってのはピンピンしてると思ったら次の日平気でビルから飛び降りたりする。黒服は見てる事しか出来ないが、何も感じない訳じゃない」
「何かあったのね。同級生なんでしょ?」
「少年院で一緒になっただけだ。風呂場でな。目が合った時には床も身体も血まみれであの時は死ぬかと思ったぜ。そっからは腐れ縁だ」
みんな何かを抱えて生きている。抱えて生きていかなければいけない。持ちきれない時は、代表にそばにいて欲しいと思った。
髪を押さえた手を胸に当てる。
「あたし代表が好き」
声は風にさらわれ届いたか分からない。それなら何度でも言おうと息を吸うと口を塞がれた。
「お前はもう、これからの事を考え始めた方がいい。帰るぞ」
立ち上がりあたしを残して歩き始めてしまった。
水平線が見えると思ったら芝生とアスファルトの境目が涙で滲んでいるだけだった。
海を見付けたと思った。誰にも汚されない、あたしだけの海。時々大声で泣かせてくれる海。それさえあれば、この先どんな痛みにも耐えていける。
「待って!」
あたしの声に立ち止まり、振り向いてくれる優しい海。
「ねえ、名前を教えて」
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