第61話
長い時間座っていたせいか通りかかった看護師が声をかけてくれた。病室を伝えると状況を確認してくれ、落ち着いているから帰っても大丈夫だと教えてくれた。顔色が悪かったようで心配させてしまい、断り切れずタクシーに乗り込むところまで付き添わせてしまった。
帰宅すると他人の家みたいな匂いがした。
バックパックを置き携帯を取り出すと、無事帰宅、と洋平君にメールした。すぐに返信が来たので内容の確認だけして携帯は放ってしまった。
すっぴんだと顔を洗わなくていいから楽だ。頭まですっぽり毛布にくるまり海を思い浮かべた。波と現実をたゆたっているとインターホンが聞こえ、現実に引き戻される。
ドアに近付くと俺だよーんと声が聞こえた。スコープを覗くとコンビニ袋を持った内勤が立っていて、気持ちが少しだけ明るくなった。
「沖縄か! 日焼けしたね!」
内勤のお土産にはホタルガラスのブレスレットをあげた。洋平君と水族館に行った日、国際通りで見つけて買っておいた。アユにはネックレスを買ってある。
内勤が買ってきてくれたコンビニ弁当を食べながら海や離島について話した。実家に帰ると嘘をついた事を覚えているはずなのに、笑顔でうんうんと聞いてくれる内勤に胸が痛くなった。思い切って打ち明けてみる。
「代表を捜しに行ってたの」
「そうだよねえ」
内勤はにこにこだ。
「なんとなく気付いてたよ。代表不在は俺も気にしてたんだ。仲良かったし、それ以外理由が無いっていうか。でもまさか自力で見付けてくるとはね。さっき事務所に来て驚いたんだよ。風俗辞めて探偵でもなったら?」
そういえばアンクの事務所は元々私立探偵だと言っていた。
「ベルスの事は知ってる?」
「ガールズバーにするとかしないとかで揉めてるんだろ? 店長から自主出禁にされちゃったからあそこピクルスしばらく食べてないよ。好きだったのに」
「そっか」
「とにかく、おかえり。完全に飛ぶ子の動きだったから戻ってきてくれて安心した」
顔を見れば本心だと分かった。
心から伝える。
「ありがとう」
ちょい抜けしてきたんだと言って内勤は仕事に戻ってしまった。ドアが閉まると静けさに耳が痛くなる。カーテンを開け、町田の夜を見下ろした。見慣れた風景。汚くて綺麗。この先あたしがどんなに悩んだってこの町には関係ない。規則正しい欲望が吐き出され、飲み込まれていくだけだ。
内勤の顔を思い出す。あたしを本気で心配してくれた顔だ。嘘だと知っても、戻ると信じて待ってくれた顔。大好きな笑顔。
この町が好きだと初めて感じた。
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