第58話
ドアの鍵は開いていた。嗚咽を飲み込んでヴィラに入ると代表はダイニングテーブルでパソコンを操作していた。
「代表」
チラともあたしを見ない。
「マスターが意識を取り戻したの。あなたと電話したいって」
言い切ると息を詰めて涙をぐっと堪えた。震えそうになる声を深呼吸で押し戻す。代表の視線は動かない。やっぱりあたしひとりではどうしようもないのか。あたしひとりでは……?
考えた。出来る事を考えて携帯を開いた。目の前でマスターに電話をかける。
「もしもし、代表が電話してくれません。はい。――奏多君……真実……?」
突然代表が音を立てて立ち上がりあたしから携帯を引ったくった。
「吉岡。俺に同じ事が言えるか」
怒っている。
「――そうか」
携帯を投げ返し椅子を思い切り蹴り飛ばした。ポーチにいたらしい洋平君が転がり込んできた。
「お前! 何した!」
「大丈夫。何もされてないよ」
「ガキ。俺の車回してこい」
代表は洋平君にキーを投げた。
「帰るぞ」
ぽかんとするあたし達を置いて寝室に入ってしまった。キャリーケースを持って戻ってくると私物を詰め始める。突然の展開に頭がついていかずただ見ていると睨まれた。
「お前、俺の半年を無駄にしやがって。ガキ。車回せと言ったんだ。嫌ならキー置いてさっさと消えろ」
あたしが頷くと洋平君は車を取りに行った。
「どうして急に」
「黙れ」
ヴィラはあっという間に片付いた。エンジン音が聞こえると代表と共に外に出た。運転席で洋平君が笑っている。あたしも笑いたかったのに、最後の涙が一滴零れただけだった。
代表は洋平君にハンドルを握らせ後部座席で色んな所に電話を掛けている。洋平君は気にしていないみたいだ。
ゲストハウスに荷物を取りに行くとちょうどキンさんが大城さんと話していて、一緒に報告とお礼を伝える事が出来た。捜してた人が見付かったと言うと喜んでくれた。大城さんは記念にと言ってラウンジに置いてあった沖縄民謡の資料本をくれた。またいつでも遊びに来てねと言われ、涙腺が緩くなってるあたしはとっさに上を向き二人に笑われてしまった。
代表のレンタカーを返すとタイミングよくフェリーに乗れた。色んな事があった美しい島はあっという間に遠ざかってしまった。
沖縄本島に到着するとフェリー乗り場の駐車場に停めていた洋平君のレンタカーに乗り換え、島袋さんのゲストハウスに向かった。荷物は無いけど寄れるなら挨拶がしたかった。代表は三人分の飛行機を取ってくれている。シエ島で借りた軽トラックも代表に任せた。
島袋さんは庭の草をむしっていた。あたし達に気付くとぐっと背中を反らせ笑顔で手を振ってくれた。
「島袋さん」
「もう行くんですね」
「分かりますか」
「旅人の家の管理人ですから。どうぞお気を付けて。またやーさい」
車に戻ると代表が運転席に移動していた。洋平君を助手席に乗せレンタカー屋を案内させている。二人があたしの目の前で会話をしているなんて信じられない。
飛行機の時間はぎりぎりで空港内を走らされた。乗り込んだ飛行機は行きと違いシートがフラットになり、眠気を誘われた。少し、疲れているみたいだ。隣の代表も横になり目を閉じている。なぜか洋平君は席を離されていて何をしているか分からない。
「起きてる?」
「見て分かんねえのか」
「起きてるじゃない。ねえ、あたしあなたを連れ戻せた。遠足だって行った事なかったのに、沖縄の離島まで行って、人さがし出来たのよ」
「あのガキはどうした」
「洋平君だよ。彼のタトゥーがきっかけだったの」
「一生離すな」
「あたしはあなたが好きなのよ」
「お前、自分の顔見てみろ。もうこっち側の人間じゃねえよ」
「そんな事言わないで」
代表は目をつぶり黙り込んでしまった。あたしも目をつぶる。どうしてだろう。振られたはずなのに嫌な気持ちにはならなかった。CAがとびきり綺麗だからかもしれない。
あたしたちの住む東京は行きより近く感じた。でも、心は沖縄に置き去りのままだ。
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