第57話


「マスター」


「ご心配おかけしました」



 刹那破裂した蛇口のように涙が溢れ出した。



「阿久津君を見付けて下さって有り難う御座います」


「でもっ代表がっ」


「阿久津君は、代表はそこにいますか?」


「ヴィラっまって……切らないで、」



 こんな時だって海は綺麗なんだと思った。大声を出して泣いた。泣き叫んだ。喉の奥から血の味がした。



 背中に熱の塊が飛んできて後ろから額を押さえられた。



「大丈夫、大丈夫だ。こっち向け」 



 洋平君はぐちゃぐちゃの顔をシャツの裾で拭ってくれて、あたしはそれが嬉しくて、もっともっと泣きたくなってしまった。あたしは人の優しさに弱いのだ。人の温もりが大好きだ。


 通話中の携帯に気付いた洋平君があたしの手から引き継ぐと耳に当てる。かけ直しますとそれだけ言って電話を切ってくれた。



「しおり」



 強く抱き締め背中を叩いてくれた。

 涙は全然止まらない。



「ヴィラがどうとか言ってたじゃねえか。何かやる事があるんじゃねえのか」 



 何度も何度も頷いた。



「行けよ」



 後ろを振り返る。そこにあるのはなんて事ないただの家だ。あたしはこれを探してここまで来たのだ。そして代表とマスターを繋げられるのはあたしだけだ。前を見た。ふらつく足を砂に取られながら歩き出した。ヴィラに向かって歩き出した。

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