第55話
「あいつのどこが好きなの」
「分かんないよ」
軽トラの荷台に並んで寝そべっている。場違いに綺麗な星空だ。
「あー! 怖かった!」
「急に大きい声出さないでよ。頭痛いって言ったでしょ」
「ごめん。なあ、あいつ、事情があるんだろうな。俺、何となく分かるよ」
「余命とか、延命治療とかは正直まだピンと来ないの。あたし冷たいのかな」
「まだ脳が処理出来ないんだよ。明日マスターに電話してみな。話せるようになってるかもしれないし。今の手札じゃ、あのおっさん動かすなんて絶対無理だぞ」
「おっさんじゃないよ」
「何でもいいよ。なあ、俺、もう運転したくない」
「出来るかな。交代してみようか」
「マニュアルだから無理。ところでさっき、ラブホテルの看板がありました」
「いいね。ベッドで寝たい」
「お前ポーチの階段で頭打ったんじゃねえの。他に言うことあるだろ。何もしない? とか、あたしはソファでいいよとか」
「ごめん。ちょっと疲れてて。でもこの車で朝まで過ごすのはしんどいよ。洋平君が嫌じゃないならラブホ入ろう」
「嫌なわけないだろう」
あたしが動くと星も動いて見える。
「荷台に乗っててもいいかな? 星が」
「馬鹿だなお前。本当は駄目だけど可愛いから五十メートルだけ走ってやる。立ち上がるなよ」
ラブホテルはフロントを介さず駐車場から直接部屋に入れた。洋平君に断り先にシャワーを借りると髪から葉っぱが出て来た。本当に頭を打ったのかもしれない。代表め。手を離すなんて。
久しぶりの湯船に浸かると息を止めて、伸ばした足先をぐーっと摑んだ。実はあたしは身体が柔らかい。ぷはっとお湯から顔をあげ、湯船のふちに頭を乗せ代表を思う。
とにかく町田に戻ってもらう事だ。それ以上の事は当事者同士で話し合ってもらうしかない。説得しなければ。
あたしが泣いてすがったって無理だろう。なら洋平君に土下座してもらう? アクツさんに効いたから、代表にも効果あるかな。奏多君と電話させるのはどうだろう。あの二人が建設的に話し合っている所は想像出来ない。店長は怖い。内勤は……内勤は内勤だ。
ノックが響いた。
「おい、のぼせるぞ」
「もう出る。お湯抜く?」
「うん。俺シャワーでいい」
大きめの排水溝からぐんぐんお湯が抜けていく。渦を巻き飲み込まれていったお湯を見届け、目眩を堪えながらゆっくりと立ち上がった。
「ねえ、起きてる?」
「何」
「どうしたら説得出来るかな」
「あれは難しいぞ」
寝返りの気配を感じる。
「帰ってあげようじゃなくて、帰らなきゃいけないって思わせる事だな。人に言われて動くタイプじゃないだろ。どう見ても」
「そう見える?」
「ああ。正直黙ってれば格好いいよ」
「洋平君は結構代表が好きだよね」
「まあな。ぶん殴りたくなるくらいだ」
洋平君はソファ肘掛けに足を放り出している。
「明日マスターと話せるといいんだけど」
「もう今日だよ。早く寝ろ」
「うん。おやすみ」
寝息が聞こえ始めると起き上がりキャスターに火を付けた。煙は空調にもてあそばれ渦を巻いて立ちのぼっていった。
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