第54話
ヴィラの駐車スペースに代表の車は無い。
「お前中見てこいよ。レンタカーなら車返してタクシーで戻った可能性もあるだろ。すっからかんだったら悲惨だぞ。こういうときはやれる事からやってった方がいいんだよ」
「そっか。わかった。行こう」
「俺が行ったら不法侵入じゃねえの?」
「あたしだってそうだよ」
部屋の中は出たときと変わっていないように感じた。洋平君がキッチンの隅に集めたコーヒーカップの破片を見ている。
「寝ぼけて落としたの」
「二個もか」
洋平君はそれ以上は追求せずロフトや客室を確認した。あたしは寝室やバスルームを見て回る。異常なし。
「まあ、お前が言うようにここで張ってればいつか会えるだろうな。高そうなスーツが残ってるし、腕時計もあった」
「そうだね。よかった。車に戻ろう」
洋平君は動かない。
「ごめん。聞いちゃいけないと思って我慢してたんだけど、引きずりそうだから教えてくれ。代表は手を上げるのか?」
「誤解だよ」
「ならいいんだ。悪かったな」
ポーチに出た瞬間、車のヘッドライトに照らされ外が暗くなっている事に気付いた。代表の車だ。多分部屋から出る所を見られてしまったが気にしないだろう。思ったより早く会えた。洋平君は動揺してるようにも緊張しているようにも見えない。
代表は車を降りずにウインドウを開ける。
「乗れ」
「え?」
「二十時の船っつっただろうが」
「待って。聞いて。奏多君と電話したの。今朝マスターが倒れたって。町田に戻って話を聞いてあげて」
「吉岡に手術を受けさせろ。そうすりゃ喜んで戻ってやる。お前はやたらベルスに傾いてるが俺がファイルを受け取ったらあいつは死ぬぞ。分かってんのか」
「きちんと話し合ってみて。お願い。アンクもベルスも好きなのよ」
泣きそうだ。泣くな泣くな。
「お願い、一緒に町田に帰って」
代表は舌打ちをして車を降りるとポーチに上がってきた。
「クビだ」
あたしの二の腕を掴むと引きずるようにしてポーチを降ろされた。階段の途中で反対の腕を洋平君に掴まれる。いつの間にか涙が流れて止まらない。
「おい! 話聞いてたのかよ! お前がファイル受け取れば済む話なんだろ! それくらいしてやれよ! 手術の拒否だって個人の権利だぞ!」
「ガキ。黙って見てろ」
「お前こそこの子の顔見てみろよ! お前の為にここまで来たんだぞ! 何にも思わないのか!」
あたしの上で絡む視線が目眩を引き起こす。
横になりたい。もう、立っていられない。
「こいつが好きか」
「えっ、ああ、好きじゃなきゃこんな所までついてくるわけねえだろ。お前誰なんだよ」
「なら離す。責任持って面倒見ろ。風俗嬢だが締まりは悪くない」
あたしが崩れ落ちたのと洋平君が代表に飛びかかったのは同時だったと思う。
気付いたらあたしと洋平君は階段の下に倒れていて、代表はポーチからあたし達を見下ろしていた。
「じゃあな」
ヴィラの扉が閉まった。
鍵の音が響く。
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