第51話
朝日を含んだレースカーテンに頬を柔らかく撫でられ目が覚めた。
ローブを羽織ると隣で眠る代表を起こさないようにベッドを抜け出してキッチンに移動した。冷蔵庫は空っぽだ。毎回ルームサービスを利用しているのだろうか。電話一本で真夜中にもかかわらずデリバリーのバイクが飛んできたし、ヴィラの仕組みがよく分からない。
ウォーターサーバーとインスタントコーヒーの豆があり、手持ちぶさたになったので試しに一杯淹れてみると想像以上に豆が膨らみ慌てた。溢れた豆が少しカップに入ってしまった気がしたので一度流し入れ直そうと振り向くと代表がこっちを見ていた。もう着替えを済ませているし、顔もしゃきっとしてる。
「びっくりした」
「俺の台詞だ。お前、男と泊まった事ねえのか。なんで自分の分だけなんだ」
「違うの。失敗しちゃって」
「なお使えねえな」
代表は新しいカップを二個出すと手際よく淹れ直し、あたしの初コーヒーはシンクに流されてしまった。
キッチンには二人用のダイニングテーブルセットがある。代表はそこに座るとパソコンを開き作業を始めた。
あたしは向かいに座り代表が淹れてくれたインスタントコーヒーをすする。美味しい。
「仕事?」
「遊んでるように見えるか」
「意地悪言わないでよ。ねえ、アンクは変わらずに営業してるよ。系列のキャバクラも、いつも同じ黒服さんがキャッチしてる」
「今グループ回してるのは実質黒田だ。俺は金の動きを見てるだけだ」
問題があれば連絡すると言う。音信不通は問題無しと同義だったわけで、店長はあたしとは逆に代表からの連絡が来ない事を日々願っていたようだ。
「半年以上だもんね。ねえ、いつ帰ってくるの?」
「吉岡に聞け」
「誰?」
「ベルス。マスター」
夜の話を思い出す。
「あたしがマスターに利用されてるってどういうこと?」
「あの人は責任から逃げ遂せるつもりだ。俺はそれが許せない」
「ふうん」
朝の沖縄に似合わない話だ。何から聞けば良いか考えていると、突然斬りつけられた。
「明日、朝一の飛行機で東京に帰れ。今夜二十時に船を出してやる」
体中の血が一気に冷えたような感覚。
「いやよ。やっと見付けたのに」
「アンク辞めて町田から離れろ。俺に会いたきゃ通い妻でもやれ。夜なら歓迎してやる」
「ファイルを受け取らないとあなたの立場が悪くなるって聞いた。あなたは自分のグループを守りたくてここにいるんじゃないの?」
「お前、都合悪いときに俺の店を引き合いに出すのを止めろ」
「そんな事してるつもりない。あなたとアンクが好きだからここに来た」
アユと内勤の顔が浮かぶ。店長とマスター。洋平君。アンクに来てから出会った全ての人達。
「代表とアンクが好きだからどうか一緒に町田に帰ってください」
「黙ってろ。蹴り出すぞ」
「ファイルを受け取って、」
最後まで喋れなかった。代表が立ち上がり、テーブル越しに顔を掴まれた。
「止めろ。それを言ったら殺す。俺に出来ないと思うか」
放心した。代表はパソコンを持ってヴィラを出て行ってしまった。車のドアが強く閉まる音が聞こえ、はっとしてポーチに出るとエンジン音はもう遠くなっていた。
キッチンに戻ると代表が淹れてくれたコーヒーがカップの破片と共に床に広がっている。
あたしはそれを勿体ないと思った。
半分以上残っていたのに、残念だ。
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