第50話


 鉄の塊が突っ込む瞬間、疼痛と耳鳴りがして反射的に強く目を閉じた。バイクは壊れてしまっただろうか、それとも。薄目を開けると夜より黒くて艶のある何かがドアの隙間から侵入する影を見た。


 二人組がわめき散らす。影はまあ落ち着けと肩に手を置き顔を寄せた。


「これを迎えにきただけなんだ。驚かせて悪かったな。どうぞ続けて」


 強く生命を感じる熱さの手であたしの腕を掴むとほとんど突き飛ばすように操縦室から出してくれた。後ろ手にドアを閉めるとあごをしゃくった。震える膝で船を降りるのは怖かったけれど手を貸してくれず、地面に降りるとぺたりと座り込んでしまった。

 船の上で人が動く気配がして慌てて立ち上がると、暗闇の中で代表と目が合ったのが分かった。


 船の近くに停められていた軽自動車に乗せられ、しばらく走ると一棟貸しのヴィラに着いた。島の入口とは反対側の海沿いにあり、横に広い面積を施設の敷地としている。 

 実家にいるという頭しかなく、借家にいるとは考えもしなかった。自力でここに辿り着くのは不可能だった。


 開放的で小さな木の家だ。吹き抜ける風がポーチのテーブルに置かれた本のページをさらさらとめくる。


 ここで代表がどんな本を読んで過ごしていたのか興味があった。手に取るとゆったりとした動作で取り上げられた。そしてヴィラの背景は満天の星空だと気付く。


「正直驚いた」

「いつから知ってたの?」

「お前が外国人に絡まれてるとき」

「それって初日じゃない」

「輩とか出稼ぎの夜職風情を乗せたら教えるようフェリーに金を掴ませてる。まさかお前が来るとはな」

「伝えたい事があって来たの」


 代表は一切表情を変えない。深く息を吸って切り出した。


「ベルスの権利証とファイルが狙われてる。あなたの手元にないと高木が悪さするの。グループも危ないって」

「奴にそう言われたんだろう」

「違う。マスターに」

「そいつの事だ。バイトも一枚噛んでる」


 言葉を失い、息すら忘れた。


「お前、利用されたんだ。あの二人は親子だぞ。事実上のな」


 脳が思考を放棄する。

 マスターと、奏多君が?


「固まってるなら先に俺の質問に答えろ。どうやって辿り着いた。黒田を脅したのか」

「ジープのシーサーを覚えていたの。別の場所で見かけて、そこから辿ってきた」

「あんなもんでか。お前、愚弟に会ったな。あれは阿久津家の恥だ。忘れろ」

「ここにはお母さんの実家を探しにきたの。そこに住んでると思って」

「あんなもんとっくの昔に取り壊した。今じゃ花畑だ」

「それでも、見付けた」

「俺がな」


 人差し指で代表の胸に触れると髪をすくわれた。


「太ったな」

「健康的になったの」


 すくわれた髪は指をすり抜け肩に落ちた。


「会いたかった」

「そりゃよかった。あの船でお楽しみ中だったらショックだ。そんな風俗嬢に育てた覚えはないからな」

「人さがしを知られて騙されたの」

「吞気にバーベキューなんかしてるからだ。二人ともあの場にいた」

「全然気付かなかった。それで色々知ってたんだ。あなたもいたの?」

「通りかかった」


 見つめ合う。


「お前」


 目が離せない。


「飯食ったか?」


 ここにいる。あたしの前に。間違いなく存在していると、ようやく実感が湧いた。


「部屋、入れよ」


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