第49話
大城さんに作ってもらった空き家マップを頼りに島中を彷徨う事三日目。数は多くないが一軒一軒距離があり思っていたより時間がかかる。今のところ全て空振りだ。
一日目の夜にはマスターに電話で報告した。まだ初日だからこれから頑張ると。あの優しい顔を思い浮かべると焦りが増した。
教わった空き家は半壊していたりポストがパンク状態で人、ましてや代表が暮らしているとは思えなかった。
近所のおばあさん達は、聞けば家の持ち主について親切に教えてくれたけれどその後の雑談が長く、上がってお茶を飲んでお行きと誘ってくれる人が多かった。暑さと人柄の誘惑を断ち切り次の空き家へと向かう連続だった。
日が暮れてきたのを合図に折り返してゲストハウスに戻る。今日も手がかり無しだった。明日には全ての空き家を回りきるだろう。
「おーい!」
五十メートルほど先で手を振り叫んでる人がいる。自分の事とは思わず目も合わせなかった。
「しおりちゃん!」
「え?」
顔を上げると同じゲストハウスのあの二人組だった。どうして名前を知ってるんだろう。
「驚かせてごめんね? さっき、しおりちゃんに会いたがってる人が来たよ」
携帯を確認する。誰からも連絡は来ていない。
「用事があるみたいだったけど」
一筋光が差し込んだ。
「何か言ってた?」
「俺達約束取りつけたから。今日の夜、その人の所に案内するよ」
「ありがとう。場所教えてくれればひとりで行ける」
「いや、連れてこいって言われてるから。零時ね。寝てていいよ。起こしてあげるから」
二人組は返事を待たずに海の方へ行ってしまった。
この状況で夜中に呼び出しなんて、どう考えても相手はひとりしかいない。
ゲストハウスに戻るとシャワーを浴びた。久しぶりにきちんと鏡と向かい合う。そこに映る自分は別人みたいだ。
シャワー室に備え付けのリンスインシャンプーで髪はきしきしだし、日焼け止めは塗ってるけど一日中すっぴんで歩き回っているので全体的に日焼けしてしまった。
ドライヤーが無いので髪を念入りにとかし、出来る限り丁寧に化粧を済ませるとラウンジに移動した。本があればいくらでも時間が潰せると知ったからだ。
二人組がエントランスから現れた時、零時を少し過ぎていた。
「お待たせ。準備万端じゃん」
雑誌を戻しゲストハウスを出た。うるさい胸を押さえて街灯の無い海沿いをしばらく歩くとぽつりと船が浮かんでいるのが見えた。
「この中。後から来るって。先に入って待ってよ。飲み物とかあるから」
ぐらつく足場を乗り越えて小さな船に乗った。個室になっている操縦室に連れられると、さっきまで彼らがここで過ごしていた形跡がある。缶チューハイを渡されたけど酒を飲んでる場合ではない。人と話すからと断ると、独特の味がするジュースを渡された。湿布みたいな匂いがする。一口すするとテーブルに置いた。
二人組の片割れが空き缶を灰皿に煙草を吸い始めたのでキャスターを取り出した。気持ちを落ち着けたい。相手が代表だと決まったわけじゃないのに、胸の痛みが止まらない。
何か話しかけられている。何も頭に入らない。すると突然テーブルの上を払われた。食べかけのお菓子や飲みかけのジュースが全て床に落ちる。
驚いて顔を上げると男と目が合った。よく喋る方の男だ。片割れは下を向いている。
テーブルの上に小さな紙が置かれたと思ったら、実験中のような手つきで手巻き煙草が作られた。火を付けたそれに二人が交互に口を付ける。
片割れが、吸いかけをあたしに差し出した。草の匂い。よくない予感がした。これを受け取っては駄目だと本能が拒否をした。そして悟った。ここには誰も来ないと。
立ち上がり、操縦室のドアに手をかけた。当然阻まれテーブルの上で組み敷かれた。
ああ、なんで馬鹿なんだろう。
上半身は片割れに固定された。スカートを捲られショーツを取り払われ、片足をぐっと持ち上げられたので諦めて目を閉じると寝てんじゃねえよと強く叩かれ仕方なく目を開けた。
男と視線が合う。その瞬間に思い出した。自分という存在を。あたしの今までの人生を。
何が人さがしだこの馬鹿女。このクソみたいな状況は何ともあたしに似合っている。笑えるよ。
抵抗しろ抵抗しろ。頭の片隅で誰かの声がする。
抵抗しないよ。したって無駄だし酷くされるだけだよ。
虚無の向こうで黒くて大きいバイクを見た。あれはきっと洋平君の身代わりになったバイクだ。大型の猫科を彷彿とさせるしなやかで力強い漆黒。アスファルトに堂々と立っている。
そこにあたしをすり抜けてトラックが突っ込んできた。このままではバイクとぶつかってしまう。思わず叫んだ。逃げて、走って逃げて。
バイクは動かない。トラックは加速する。
お願い、止まって
やめて
「は?」
「やめて!!!」
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