第48話


 話しかけてきた二人組が気になって結局大部屋にはいられなかった。ゲストハウスのラウンジには沖縄に関する雑誌や書籍が揃っていてそれらを眺めて時間を潰していると、重ねたシーツを抱えた大城さんが通りかかった。


「バーベキュー来るんだって?」

「はい。キンさんが誘ってくれて」

「俺と一緒に行こう。あいつが終わるの待ってたら夜が明けちゃうよ」

「ジョートーに十九時って言われてて」

「連絡しとくから平気。あいつの時間指定はプラス六時間は見た方がいい」


 分かりましたとお礼を言うと目を逸らされた。のんびり屋と恥ずかしがり屋のコンビだ。



 沖縄民謡の資料本が興味深く夢中になった。最終章を読み始めたのと大城さんが声を掛けてきたのは同時だった。


「読み終わったら行こう」

「いえ、大丈夫です」

「いいんだ。君の町とは時間の流れるスピードが違うんだ。お客さんにも言うんだけど、ここにいる間はなるべく流れに身を任せた方がいい。きっと悪くないし、すぐ慣れるよ」


 大城さんはラックから適当な雑誌を引き抜くと席をひとつ空けてどっかり座った。土地の気候がそうさせるのか、おおらかで優しい人が多い。聞けばふらりと旅行で来てそのまま居着いてしまう人もいるそうだ。驚く話ではなかった。


 最後の一ページは最高の一ページだった。そして本を一冊読み切ったのは初めての経験だった事に気付いた。

 資料本を閉じると大城さんが起ち上がり伸びをした。さあ飲むよ、そう言って笑った。



 会場の砂浜には東屋があり、空には少し太陽の名残があったけど早くもお肉のいい匂いが漂っていた。


 紹介という紹介もなくいきなり酒の入ったプラカップを渡された。年齢不詳の綺麗なお姉さんが可愛いね可愛いねと世話を焼いてくれる。どこかで見たことあると思ったらジョートーのスタッフだ。髪を下ろし、私服になっていたからすぐに分からなかった。


 地元民と、彼らと何かしらで繋がった観光客が思い思い楽しんでいた。オープンな場だと知り気が緩んだ。


「よ!」


 キンさんの声だ。気付いた大城さんが泡盛を注いで差し出した。


「大城、ひどいじゃん。しおりちゃん取っちゃうなんて」

「この子の足見ろよ。お前待たせたら腹減って死なせちまうよ」

「今日はちゃんと時間通り来ただろ! さすがにお客さん放置しないよ!」


 キンさんは人気者みたいで次から次へと話しかけられていた。適当なところであたしを見ると、頷いて切り出した。


「みんな、比嘉のおばあんち知ってるか? 空き家になってるはずなんだけど」


 少ない情報を丁寧に開示してもらうと、どんびしゃとはいかないが持ち主不明の空き家をいくつか教えてもらうことが出来た。持ち歩いていたメモ帳におおざっぱな住所と簡単な地図を書いてもらう。

 人を捜してると言うと頑張ってねとお肉山盛りの紙皿を渡された。頑張って食べた。


 二時間ほどいたと思う。仲良くしてくれた地元の女の子達に、捜してるのは男でしょうとなぜか見破られあたふたした。出会いやら関係やらを聞かれた後は東京の話をせがまれ、昼間の話を必死に絞り出していると、大城さんにそろそろ帰ろうと声をかけられた。


 名残惜しいけれどさよならだ。最後にひとりひとり抱き合うと、女の子達の身体の内側に爆発寸前のエネルギーを感じた。影響されたのか、あたしも何だか強くなった気がした。アユに言ったら笑われるだろうか。


 女の子達に手を振り、キンさんに一声かけてから大城さんと輪を抜け出した。


「人さがしに来てたんだね」

「はい。見付かるといいんですけど」

「島の地図をコピーしてあげるよ。一緒に探してあげられればよかったんだけど」

「いえ! 地図助かります!」


 大城さんは返事のかわりに伸びをした。あたしも真似をすると空には星が出ていた。東京より高い夜空だ。なぜか星は近くにあるように感じ、さり気なく空を掴んだ。


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