第46話
昨日の雨が嘘みたいな空だ。
島袋さんが洗濯したシーツは風に翻り、清潔な白さには目が眩んだ。
荷物を詰めたバックパックを背負うとゲストハウスを後にした。先に車で待っていた洋平君の表情も天気につられてか明るく見えた。
五十八号線を走りながら離島について話していると、朝飯買ってやるとコンビニに寄ってくれた。洋平君の性格には救われる。
フェリー乗り場に着くと荷物を持ってくれ、チケット売り場まで付き添ってくれた。出港を見送ってくれると言う。ベンチに座ってパンを食べ、お茶で流し込んでいると隣の洋平君がポケットを探り出した。
「これあげる」
お守りかと思って嬉しく思ったら、銀のフィルムに包まれた大粒の錠剤だった。
「酔い止め。元気だったから忘れてたけど、お前が飛行機でダウンするかもと思って持ってたんだ。乗り物なら何にでも効くから、今飲んじゃいな。船酔いはきついぞ」
お礼を言いさっそく飲み下す。
「俺は日帰り出来る所を車で回ってるから。 帰る日が決まったら電話してくれ。待てるなら当日でもいいし。気を付けろよ」
アナウンスがかかり、荷物を受け取ってフェリーへ向かった。手を振って別れた。
想像より大きな船だった。乗り込むと内装は飛行機に似ており、しかし窓からは当然海が見えた。水面に反射する日の光が、船が上下に揺れる度なめらかにゆらめく。
身体の芯に響くような振動の後、フェリーはゆっくり動き出し、あっという間にスピードに乗った。海をかき分け弾き飛ばされる水飛沫が綺麗だ。
シートに深く座っているけど揺れはあまり感じない。あたしはもしかしたら、乗り物に強いのかもしれない。
ぼうっと海を見ているとまもなく到着ですとアナウンスがかかった。海の上は三十分じゃ物足りない。
島に降り立つとのびをした。乗客の中でこれからどこへ行き何をすればいいのか分からないのはあたしだけだろうな、なんて苦笑いしながら携帯を取り出した。先に登録しておいた古民家カフェの番号を呼び出す。
「古民家カフェジョートーですー」
「こんにちは。アクツさんから紹介してもらいました。安藤栞です」
「ああ、はいはい。着いたの?」
「フェリー降りたところです」
「すぐ行くからちょっと待っててねー。軽トラックね」
電話を終えると海の見えるベンチに座った。のんびりした優しい話し方だった。車は運転手が電話の相手と同一人物である事を証明するかのようにのんびりとやってきた。
「おーい! こっちこっち!」
短い金髪で歯並びが綺麗。タンクトップから出た肩が健康的だ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「俺キンさん。とりあえずうちの店でいい?なんか探してるって聞いたけど」
「はい。アクツさんのお母さんの実家を」
「なんたって離島だからね。聞いて回ればすぐ見付かるよ。出すよ」
キンさんは煙草に火を付けた。ウルマではなくハイライトだった。
「ウルマじゃないんですね」
「よく知ってるね。あんなん吸ってるやつ見た事ないよ。煙草吸う? 店禁煙だから吸うなら今のうちにどうぞ」
特別吸いたい気分ではなかったけどキャスターを取り出した。沖縄に来てから大分本数が減った。煙が血に溶けて身体を駆け巡る感覚があった。
「アクツさん元気?」
「はい。多分変わってないと思います」
「そっかそっか。もう着くよ」
カフェは沖縄の家でイメージする外観そのままで、屋根にはシーサーが乗っていた。丸いフォントでジョートーと手書きされた立て看板がかかっている。
「めんそーれ!」
女性スタッフの元気な挨拶が響く。キンさんは一言二言、スタッフに話しかけると、奥のテーブル席に案内してくれた。
「えっと、実家の苗字聞いてる?」
「ヒガさんです」
知ってる事を話した。
「なるほどね。比嘉のおばあか。旦那兄弟無し。一人娘の旦那はないちゃー、孫は男二人」
たったこれだけの情報で見付かるだろうか。東京だったら絶望的だ。
「聞いてみるよ。今夜仲間とバーベキューするから、一緒に行こう」
「バーベキュー」
「あと泊まり先だな。シエ島にもゲストハウスがあるよ。知り合いの所でいい?」
お願いしますと言うと、さっそく電話をかけてくれた。すぐ入れると言うのでキンさんと一緒に徒歩で向かった。
今回のゲストハウスは平屋で、管理人はキンさんの同級生らしい。てっきり男かと思ったと、あたしを見てびっくりしていた。
ここは大部屋に二段ベッドが沢山並んでいて、そのひとつを貸してもらう事になる。
オフシーズンでベッドはかなり空きがあり、人が入るまでは二段使って良いと言われたのでバックパックは上の段に放り投げた。
「しおりちゃん、俺は店に戻るけどお昼まだならうちに食べきてよ。サービスするし。じゃあまた後で」
キンさんは外に水を撒いていた管理人と小突き合うと、来た道を引き返して行った。
夜はバーベキューと言っていた。見知らぬ土地で初対面の人達とバーベキューなんて、沖縄に来て開放的になっているとはいえ、人見知りの風俗嬢にはハードルが高すぎる。洋平君について来てもらえばよかった。
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