第44話


「もしもし。――昨日は連絡がくるんじゃないかと一晩中電話を気にしていましたよ。無事ですか?――それはよかった。こちらは何も変わりません。……まさか、代表が?――弟? 代表に弟がいたのですか?――そうですか。くれぐれもお気をつけて。何か困ったらすぐに電話して下さい。お休みなさい」


 階段を上がる足音。受話器が戻せない。


「ただいま。電話してた? あの子? 気ばっか焦っちゃうよね。早く見付けてくれればいいのに。ねえ、大丈夫?」







 翌日の沖縄は朝から風が強かった。空には分厚い雲がかかり、細く背の高い木はしなっている。


 その影響があってかフェリー乗り場の受付はなかなか電話が繋がらず、島袋さんに電話をかけるとシャワー室を掃除していると言うので十分後に喫煙所で待ち合わせをした。



「欠航かもしれませんね。この感じだと」


 島袋さんは柵から乗り出すようにして空を見上げた。


「風の強さと波の高さが問題です。確認してみないと分かりませんが。フェリーが動くにしても、延期した方が無難でしょう。せっかくの離島散策がゲリラ豪雨に見舞われたら台無しです」


 そっか……。


「今が一番過ごしやすい気候なんですが、運が悪かったですね。明日は回復するでしょうから、今日は国際通りをまわったらどうでしょう。アーケード街があります」


 案内の人を雨の中連れ回すのも申し訳ない。延期にするしかない。


「はい。今日はやめておきます」

「気の毒なお嬢さんに良いものあげましょ。はい」


 おもむろに渡されたのは立派なサイズの赤い果物だった。


「ゲストハウスの横に生えてました。包丁はミニキッチンにありますよ。ではお先に」


 島袋さんは掃除用具の入ったバケツを持って出て行ってしまった。

 ずしっとした赤い固まりを持って個室に戻るとシャワー室から戻ってきた洋平君とはち合った。


「意味分かんねえよ。お前フェリーの話聞き行ったんじゃなかったのかよ」

「どっち道今日はやめといた方がいいって。ゲリラ豪雨になる事があるらしいの。可哀想だからあげるって」

「なんで当たり前のようにドラゴンフルーツ持ち歩いてんだよ。半分くれ」


 ミニキッチンに降りると、洋平君が真っ二つに切ってくれた。身まで毒々しい赤で、白に黒斑点をイメージしてたあたしはびっくりした。スプーンを渡されすくって食べる。野生味のある匂いが広がった。見た目ほど強烈な味ではなく、むしろ優しくて締まりのない甘さだった。


「ごちそうさん。ありがとな。で、今日どうすっか」

「なんで嬉しそうなのよ」

「好きな女と一日中一緒にいれるから」

「なにそれ。一日一緒にいるなんて言ってないよ」

「ずっとあの個室に籠もってる気かよ。気狂うぞ」

「それは言えてる」



 あたし達は島袋さんのアドバイスに従い国際通りに行くことにした。空がどんどん暗くなるのでメインの通りはほとんど素通りして早々にアーケード街に入った。


「手繋ごっと」

「確認とかしないのね」


 洋平君はあははと笑っている。そして振りほどけない馬鹿女がいる。


「ねえ、あたし好きな人がいるの」

「俺だっているよ。おっあれ何だろ」


 ペースに巻き込まれちゃだめだ。


「ねえっ」

「ん?」

「手」

「お前なんか訳分かんねえ事考えてるだろ。自意識過剰なんだよ。俺はアキとだって手くらい繋ぐぜ。ハッピーでいいじゃん。それより腹減ってんだよ。飯屋探そうぜ」


 言葉を失う。面と向かって自意識過剰なんて言われたのは初めてだ。


 裏通りに黄色い暖簾のかかった食堂があった。お世辞にも綺麗とは言えないけど、洋平君の琴線に触れたらしい。あたしは食べられれば何でもいい。

 食堂の机は元々は白かったはずのクロスがかけられている。厨房から好きなとこ座んなーと声が聞こえたので、外が見える窓際のカウンター席にした。


 食事が到着するまでの間、洋平君はあたしの服の裾をねじって遊んでいた。しわになるからやめてと言ったら、そしたら新しいのを買ってやると言われた。今日の洋平君はテンションが高い。


「元カレ何人? 俺は四人かな。付き合うと長いんだよ」

「知らないよ。覚えてない」

「デートどこ行きたい? 俺はベタに横浜かな。あと一緒にスポーツ観戦したい」

「うーん。どこがいいんだろ」

「どんなやつがタイプ? 俺はお前」

「代表」

「そりゃねえよ……」


 お待たせしましたと料理が割って入ってきた。あたしは手書きのメニューにオススメと書いてあった生姜焼き定食で、洋平君はみそ汁定食という謎のメニュー。届いたみそ汁は具だくさんで、わたしがおかず枠ですが何か?という堂々っぷりが伝わってきた。味見させてもらうと大きなハムが入っていて驚いた。生姜焼きは盛りが良く、半分くらい洋平君に手伝ってもらったけどすごく美味しかった。あたしはこういう家で出て来るような料理が好きみたいだ。


「結婚願望ある?」

「ない。考えた事もない」

「俺はどっちでもいいかな。相手次第。好きな奴といられるなら何だっていい。でも一緒に暮らしたい」

「喧嘩する?」

「何だその質問は。試されてんのか? 喧嘩するだろそりゃあ。一緒にいれば色々あるだろ」


 いろいろ、か。


「おい何か言えよ。俺間違えたのか?」


 不安げな顔につい吹きだしてしまう。


「間違えてないよ。そりゃそうだと思っただけ。ねえ、アイス食べたい。さっき美味しそうなお店見付けた」



 水を飲み干し起ち上がった。

 天気はまだ持ちこたえている。洋平君の上に雨が降らなければいいと思った。


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