第43話


「もしもし。マスターこんばんは。無事に着いてます。――ふふ、ごめんなさい。こっち暖かいです。タトゥースタジオ見付かりました。誰がいたと思います?――違います。代表の弟さんです。――私も知りませんでした。居場所は知らなかったけど亡くなったお母さんの実家の場所を教えてくれました。可能性があるかもって。明日行ってみます。――はい、はい。分かりました。ありがとうございます。また電話します。お休みなさい」



 ゲストハウスに上がるらせん階段の途中、外に向かって突き出る形のスペースがある。喫煙所だ。こじんまりとしているけど開放的で夜風が気持ち良い。


 電話を終えるとキャスターを咥えた。しまった。ライターを忘れた。灰皿がわりのバケツの横にガスが切れたライターの山がある。綺麗な物を手に取り振ってみる。点かない。諦めて部屋に戻ろうとすると島袋さんが入ってきた。


「あいや、おばんです。沖縄どうですか?」

「気に入りました。コイノ島に行ってきました。すごく綺麗でした」


 島袋さんはよかったですと煙草を咥えた。見た事ない銘柄だった。


「内地には無いでしょう。沖縄のウルマいう煙草です。一本どうぞ」


 フィルターにちっちゃなタツノオトシゴがプリントされていてとても可愛い。ライターを借りて吸い込むと思わず顔をしかめてしまった。


「めちゃめちゃ辛いですね」

「はは、ゆっくり吸うんです。吸ってるか吸ってないかくらいの力加減で、ゆーっくりとね」


 可愛いタツノオトシゴに油断させられた。言われた通り出来る限りゆっくり吸ってみると、辛味はましになったけどかなりケムリっぽい。


「重いですね。沖縄の人はみんなこれ吸うんですか?」

「年寄りばっかりですよ」


 島袋さんが笑うと夜の喫煙所が少し明るくなった気がした。


「明日はどちらへ?」

「シエ島に行きます」

「シエ島? この時期にですか?」

「はい。訪ねたい家があって」

「そうですか。気に入ったら春にまた行くといいですよ。綺麗な花が咲きますから」


 お先に、と島袋さんは出て行った。

 ウルマは吸いきれなかった。煙草の先端同士をくっつけてキャスターに火をうつした。バケツになげいれたウルマはじゅっと音を立て沈んでいき、タツノオトシゴはぼやけてしまった。



 個室に戻ると洋平君が出てきて腹減らないかと聞かれた。すいてないと言うと、俺なんか食ってくると言い出て行った。あたしは寝る支度を整えて布団にくるまった。


 明日は十一時のフェリーに乗る予定だ。

 何か見付かりますように。祈るように身体を丸めると、指からウルマの残り香が香った。


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