第41話


 アクツさんは説明が上手で、本当に墨入れるならこれかな、なんて流されそうになった。思い出せ自分、さっきの威勢を。がばりと顔を上げた。


「あのっあたしが捜してるのは東京の阿久津さんです。元々多摩の人で、今は町田って言う神奈川との県境で働いてる人です」


 きょとんとするアクツさん。


「ああ、兄貴だ。早とちりした」


 照れたようにデザイン帳を閉じた。


「兄貴がどうかした? 随分顔見てないから、ばったり会ったら人見知りしそうだよ」


 嘘だ。天涯孤独顔のあの代表に、こんなエキセントリックな弟がいるなんて。


「あたし阿久津さんのお店で働いてるんです。実は半年以上姿が見えなくて、捜してたら手がかりが見付かって。それで沖縄にいるんじゃないかって」


 ジープのステッカーの話をした。アクツさんはそれだけでここまで来たのと目を丸くした。


「そのステッカーの事は覚えてるよ。アメリカから帰ってきたときだからもう五年以上前だな。あんときは焦ったよ。帰国したら親父は死んでるし実家は取り壊されてるし。ハハッ。途方に暮れてたら俺には兄貴がいるって事思い出して、連絡したんだ」


 相づちも打てない。


「仕事抜けてピックアップしてくれたよ。俺修行終えたばっかでうずうずしててさ、向こうじゃ結構評判良かったんだ。実家の稼業は知ってたから、腕でも背中でも貸してくれよって頼んだら思いっきり叩かれた。むかついたから車にステッカー貼ってやったんだ。仲間と作ったステッカー、向こうは名刺の文化が無いから、かわりに持ち歩いてたんだよ」


 そういう事だったのか。似合わないと思っていた行動の謎がとけた。


「その後はしばらく兄貴んとこで世話になった。て言っても仕事でほぼいなかったから、でかい家で快適な男一人暮らしだったよ。惜しかったけど体制を整えて、腕が鈍る前にここに来た。空港まで車出してもらったけど、別れるとき、もう二度と連絡してくんなって金渡された。そっから会ってない」


 最後の一言が重く響く。


「阿久津さんが行きそうな場所思い当たりませんか?」

「ごめんけどさっぱりだな」


 思わず俯いて黙り込む。マスターに何て言おう。阿久津違いでしたなんてお笑いだ。奏多君もびっくりだ。


「でも、沖縄にルーツはあるよ。俺らの母親しまんちゅなんだ。とっくの昔に死んだけど。俺は内地で育ったから地元とは言えないけど、ここには何か引き付けられるものを感じるよ。俺はね」

「お兄さんは沖縄に住んでた事はないんですか?」

「それはないんじゃないかな。俺がアメリカいたときは親父の仕事手伝ってたはずだし。所縁があるとすればシエ島かな」

「シエジマ?」

「母親の生まれ故郷。離島だけど遠くないよ。ただ母の実家がまだあるかは分からない。親父から聞いただけで島には行った事ないんだ。祖母はシングルでもう亡くなってる。母が嫁いだ時に絶縁されてるから、阿久津からはひとりも葬式に行ってないと思うよ。あの兄貴の事だから、金になるなら取り壊してる気もするし。母は一人っ子だったから、家が残ってても誰も住んでいないと思う」

「シエ島」

「そう。本島からフェリー」

「行ってみます」


 アクツさんは子供がいたずらする前みたいな顔になった。


「兄貴何した?」

「違うんです。人から大切なものを預かってます。それを阿久津さんに渡したいんです」

「そっか。随分真剣な顔してたから金とか愛とかそういう話かと思ったよ。シエ島に知り合いがいるから連絡しようか。俺のお客さんで、古民家カフェやってる。離島とはいえあるかも分からない家を探して回るの大変でしょ。ちょっと待ってて」


 アクツさんが戻ってくるまで目を閉じた。代表に近付いただろうか。時間を浪費し離れてしまっただろうか。



 カフェのチラシを手にしたアクツさんが戻ってきた。


「知り合いを紹介したって伝えた。落ち合えば何も言わなくても世話焼いてくれるよ。しまんちゅは距離感近くて優しい人が多いからね。本題はタイミングで聞いてみな。島に着いてからチラシの番号に電話すればいつでも大丈夫だから」


 ありがとうございます、そう言ってチラシを受け取り胸に抱いた。


「お節介してごめんね。兄貴経由だけど尋ねてきてくれたのが嬉しくてさ。向こうで会えたら宜しく伝えといてよ。あとお金ちょうだいって。アハハ。もう少し待てるなら車で送っていくけど、何で来たの?」


 実は、と洋平君と来た事を教えた。アクツさんは大喜びして今すぐここに呼べと言った。電話をかけるとワンコールで出た。城跡には行ってなく、降ろしてくれた所でずっと寝ていたそうだ。事情を話すと遠慮がちに入ってきた。


 洋平君の土下座は実話で半泣きのオマケ付きだった。施術を痛がり、結局本当に泣いたそうだ。せっかくだからと色飛びした箇所を突き直してあげるよと話している。施術の様子に興味があったけど、絶対見るなと言われ個室に入れてもらえなかった。

 アクツさんは笑っていた。


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