第40話


「よく起きれたな」

「朝四時に目が覚めたの。海見てきた。猫がたくさんいたよ。自転車のカゴに座ってて可愛かった」

「何ひとりで格好つけてんだよ。起こせよ」

「そんなんじゃないよ。ただ、個室から出たくなっちゃって」

「それは分かる。朝CTかと思ったわ」

「あんまり海の色は分からなかったな。砂はサラサラしてた」

「用事済んだら良いとこ連れてってやる。乗れよ」



 目的地に向かって走り出した。エアコンはつけず、窓を開けた。風が気持ち良かった。


 昼夜逆転が祟り昼間眠くなるかもしれない。この旅で生活リズムがひっくり返るはずだ。

 洋平君の危なげない運転は早くもあたしの眠りを誘った。察したように着くまで寝てろよと言ってくれた。お言葉に甘える事にしたけど、シートの倒し方が分からずにしばらく苦戦した。見かねた洋平君は路肩に停めると被さるようにして背もたれを調節してくれた。


「えっろ」

「ばか」


 洋平君はカラリと笑った。後部座席の荷物からシャツを取るとあたしの顔にかぶせた。


「よだれつけんなよ」


 揺れを心地良く感じてる間に眠りに落ちた。


 夢を見た。暗闇でアユがあたしを呼んでいる。寂しいのかもしれない。いやそんなはずはない。アユは最初から独りでも大丈夫だったから。アユは首を振ると後ろを向いて行ってしまった。あたしは追わなかった。アユはあたしに追って欲しかった事を、あたしは知っている――




 ――着いたぞ。


 霞む目を擦った。山道の途中だった。少し先に黒色の小さな家が見える。


「あの家?」

「そう。この辺景色が変わらないから途中で不安になったよ。見逃したか、潰れたかって。でもあった。よかったよ」


 終わったら電話すると言い、ぎくしゃくと車を降りた。一軒家だったのか。スタジオと聞いてビルのテナントをイメージしていたから余計に緊張する。洋平君はあたしが店に入るのを見届けるまで車を出す気は無いようで、エンジン音が聞こえてこない。


 家の側面にはスプレーアートが施されていた。裸で抱き合うタトゥーの男女と、見覚えのあるシーサーが組み合わさった大きなアートだ。これは確かにインパクトがある。


 ドアをノックする。応答は無いが中から薄ら音楽が聴こえる。彫り師も職人だから、アキ君みたいに作業中は気付きにくいのかもしれない。ドアノブを握り、そっと引くと素直に開いた。


 顔だけ突っ込むとシックな美容院みたいなフロントが見えた。黒で統一された家具が置かれ、壁にはたくさんの絵が飾られている。



「……すみません」


 いつもそうだ。あたしは生きてる事に遠慮して背を丸め小声で話す。


「すみませんっ」


 何の為にここまで来たんだ。誰の為にここにいるんだ。


「すみません!」


 人を助けたい!



「はいよーん」


 奥の部屋から洋平君から聞いた通りのビジュアルの男性がのっそり出て来た。しまった。呼んだはいいが続ける言葉を考えていなかった。


「ガス欠?」

「あの、あの、」

「怖くてごめんね?」

「阿久津さんを知りませんか?」

「俺だよ」

「えっ」

「阿久津です」

「あのシーサーの」

「そう。あれは俺がデザインした。お客さんだったのか。誰の紹介?」

「やのようへい」

「ごめんぱっと出てこないや。顔見ればすぐ思い出すんだよ。でもカルテあるから。ええっと。や、や、や、おお。思い出した。飛び込みのないちゃーだ。土下座の子だ」


 がははっと笑うアクツさんを見ていた。


 さっそくデザイン帳を広げ楽しそうにカウンセリングを開始するアクツさんに、何をどう切り出せばいいのか全く分からなかった。


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