第38話
現地には昼前に到着した。
ラウンジのレストランで昼食を済ませてしまうと、空港から一番近いレンタカー屋へ向かった。洋平君が予約をしてくれていたのでスムーズだった。
プレハブみたいな受付で書類の手続きをしてもらっている間、あたしはやる事がなかったので外に出た。
風がぬるい。飛行機を降り立った時から思っていた。通り過ぎる風が、しっとり汗ばむ肌を撫でていくのがわかるのだ。初めての感覚で、素敵な感覚だ。
ガラガラと扉が開き、キーを持った洋平君とスタッフが出て来た。
「さっきも言いましたけど、なんせゆっくり走る事です。若いの飛ばすし、おじいおばあは下手すると徐行レベルですからね。それから駐車場は車同士の間隔が狭いスペースには無理に停めない方が無難です」
「ありがとうございます。気を付けます」
荷物を後部座席に入れるとあたしもお礼を言って助手席に乗り込んだ。
シートベルト締めろよ、そう言って発車させた。素直でなめらかで、静かな車だ。
代表捜しは元々明日の朝から始める計画だった。目的地のタトゥースタジオは洋平君も久しぶりで夜道だと見落とす可能性があるからだ。それに中の人を訪ねるにしても、アポ無しなら昼間の方が常識的だ。
車はしばらく細い道を走っていたが、急に視界が開け大きな道に出た。
国道五十八号線。島を南北に貫く沖縄の血管。
洋平君はごーはちと呼んだ。なにそれ可愛いと笑うと、皆そう言うんだと教えてくれた。ごーはちとか、ごっぱちとか。沖縄は優しい響きの言葉が多い。ここを好きになれそうだと感じた。
「とりあえず予約してるゲストハウス向かってるぞ」
宿を決めたのも洋平君だ。現地でどんな動きになるか分からないから、ホテルではなく出入りの気軽なゲストハウスを利用する事にした。洋平君は国内外に関わらずいつもゲストハウスらしい。素泊まりで寝るだけの部屋だけど、なんせ安い。
男なら大部屋一択だけどな、そう言って鍵付きの個室のゲストハウスを探し出してくれた。徒歩圏内には国際通りがあり、目の前には小さなビーチがある。駐車場も付いていて即決だった。
道路沿いには背の高い木が生えており非日常的だった。車通りが多いと言うと、そういう土地だと返された。免許も車もないあたしはここでは生きていけないのか、そう思い少し寂しく感じていると、軽く頭を小突かれた。
「免許なんかそれこそいつでも取れるからな。こういう道なら今のお前だって走れるよ」
「免許はちょっと欲しいかもな。運転してみたい」
「どんな車に乗りたい?」
「ジープ」
「お前ジープがどんな車か分かって言ってんの?」
「失礼な。分かってるよ。チェロキー」
「チェロキー以外のジープ言える?」
「言えなくていいの。あたしはジープのチェロキーだから」
「訳分かんねえ事言ってんな。でも、ありかもな。想像したわ。お前みたいなちっこいのがでかい車乗り回してたら、グッとくる。代表は俺が捜してやるから、お前は明日から教習所通え」
洋平君こそ訳分かんないよと笑った。
ゲストハウスが近くなると電話をかけ、駐車場の場所を口頭で案内してもらった。
荷物を抱えゲストハウスに向かうと、入口にはアロハシャツのスタッフが出てきてくれていた。笑い皺の素敵な男性で、顔は似てないけどベルスのマスターを思い出した。
「ハイサイ。矢野さんですね? 管理人の島袋です。お部屋に案内します」
島袋さんはあたしのバックパックを持ってくれた。洋平君は断った。
不思議な造りの小さな建物だった。らせん階段を上がり、廊下を進むと突き当たりにミニキッチンがある。
そこで行き止まりかと思ったら、少し手前の壁にある木の引き戸が開いた。からくり屋敷みたいだ。廊下の壁の木目が、扉を隠してしまっている。
「靴はこの下駄箱へ。女性は部屋に持ち込んだ方がいいですね。スリッパは自由に使って下さい」
ゲストハウスと言うよりカプセルホテルだ。洋平君の個室とは隣同士、では無く上下同士。荷物を入れるとロッカーみたいな心細い鍵を渡され、そのままシャワー室や洗濯室などに案内された。人さがしの拠点としては十分だ。
「管理人室はありません。おれは一号室に住み込みで働いています。何かあれば電話して下さい。直接部屋に来ても構いません」
島袋さんは行ってしまった。喫煙所の場所を聞きそびれた。
「腹減ってる?」
「うん。おなかすいた」
「少し歩くか」
もう夕方だった。あたし達は早めの夕飯を求めて繰り出した。普段だったら出勤に向けて準備してる頃で、この時間に夕飯食べに行くなんて変な感じがする。
アンクは今日も通常営業してるはずだ。あたしがいようといまいと。それは安心する事でもあり、少し寂しい事でもあった。いつの間にか足が止まっていて、洋平君に呼ばれるまで気付かなかった。
何かから逃げるように走り寄った。
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