第37話
初めての飛行機は加速して浮かぶ瞬間だけ怖かった。
機体が安定してシートベルトが外せるようになる頃には、窓の外に夢中だった。夜勤明けの洋平君は飛行機が動く前から熟睡の体制で、薄く寝息が聞こえる。旅慣れるってこういう事かな。
地上で会えば女優がいると二度見してしまいそうな美貌のスタッフがワゴンを押して回ってきた。コーヒーのポットが乗っている。勇気を出して声をかけてみた。
とろけるような微笑と美しい所作でサーブしてくれたコーヒーはインスタントのはずなのにとても美味しく感じた。失礼致します、と伏し目で行ってしまったスタッフの後ろ姿をぼうっと見送った。
「コーヒー、俺も欲しかった」
「起こしてごめん。一緒に飲もう。ね、スタッフさん、すごく綺麗ね」
「CA? 皆すげえ化粧だよ。どうせすっぴんなんか目も当てられねえよ」
「褒めてるのに何でそういう事言うのよ。あの紺の制服もいいな。スカーフの色って選べるのかな。あたしも着てみたい」
「着りゃあいいじゃん」
「何言ってんのよ」
「ふざけて言ってるんじゃないよ。あれが着たければ勉強して航空会社に就職すればいいんだ。難しいもんか」
「あたしが? 沖縄にパスポート持って行こうとしたあたしが?」
「何だってなれるよ。てかやっぱりパスポート持って行こうとしてたんじゃねえか。あーあ、全然眠いわ。コーヒー飲んじゃっていいよ。着いたら起こして」
洋平君は今度こそ熟睡してしまった。
コーヒーをすすり、さり気なくシートを見渡してみる。男の人、女の人、スーツの人、早くも半そでの人。色んな人がいた。皆何しに行くのかな。興味があった。聞いて回りたい気持ちを押さえ、あたしも目を閉じた。
何にでもなれる、か。あたしは今まで何かになろうとした事があったかな。あの驚くべき美貌のCAと、丸ごと人生を交換できるとしたらどうだろう。一つ返事でお願いしますとは思わなかった。
あたしがあの素敵なスカーフを手に出来ないように、あのCAもアユや内勤達に出会えないのだ。くだらない。こんな事、ひとりで張り合ったって仕方ない。でも、そう思っていないと、ここにいる意味を見失いそうだった。
目を開けて残りのコーヒーを飲み干した。
窓の外は空だった。
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