第33話
「お前何泊するつもりなんだよ」
洋平君はため息をつくと、いつ言おうか迷ってたよと続けた。
「分からないから、念の為多めにと思ったんだけど」
「沖縄には洗濯機無いとでも思ってんの? それに足りなきゃ現地で買い足せばいいよ。本当ついてきてよかったよ。お前店員に買い付けか何かだと思われてるよ。女の子だしと思って黙って見てたけど、限界だ。カゴ見せてみろ」
洋平君は、これは生地が厚いとかこれは似合いそうとかぶつぶつ言いながら洋服を仕分けした。
「はい。これで十分。こっちの服は戻してきな」
カゴの中にはTシャツが三枚と薄手のデニムパンツが二本残された。家にあるワンピースも持って行きたいと言ったから、かなり厳選されてしまった。
「後はビーサンとかあると便利なんだけど、言ったら全部現地で買えるからな。荷物増える方が大変だし。あ、お前、バックパックとか持ってる? 寝床ごと移動するならキャリーは不便だぞ」
「ボストンバッグがある」
「荷物持って移動するなら両手あいだ方が便利だぞ」
「じゃあ旅行用の大きいリュック見に行こう」
「それをバックパックって言うんだよ」
初めてアウトドア用品店に入った。用途不明の様々な道具がある。バックパックとやらは店の奥にあり、結構な範囲に似たような商品がずらりと並んでいた。
店員と話してたのは専ら洋平君だ。あたしは女性店員に次から次へとリュックを背負わされ、肩紐を調整され、鏡の前に立たされた。
最終的に決めたのも洋平君だ。どれも似合わねえなと言われ、選ばれたのは容量重視の黒いバックパックだった。やたらポケットが多くて逆に不便そうだ。女性店員に、これなら基本どこでも行けますよと微笑まれ、急に気に入った。
会計を済ませる為にレジに向かうと洋平君の様子がおかしい。店を出てから聞いてみると、お前財布とか持たねえの、と聞かれた。胸が詰まった。
「なくしちゃうの。あんまり使わないし」
「財布買ってやる」
「えっいいよいらないよ」
「俺の為に買わせてくれ。俺嫌だよ、封筒から金出す女と旅行なんて。俺がろくでなしみたいに見えるじゃん」
「じゃあ自分で買う。選んで」
「いいから早く来いよ」
案内された店は電車で三駅離れた場所にあった。木造のこじんまりとした家で、玄関には小さく工房Aと表札が出ている。これに気付かなければ見た目は普通の家だ。
洋平君はガラガラと引き戸を開けると奥に向かって声をかけた。誰も出てこない。
「おかしいな。ちょっと待ってて」
洋平君は靴を脱ぐと慣れた様子で部屋に上がり込んだ。あたしは土間に入って工房を見渡した。
広い空間だった。コンクリートの床はざらざらしていてレトロな雰囲気があった。最初に目に付いたのは大きな足踏み式のミシンだ。アンティークってこういう物の事を言うんだろうか。通り過ぎて行った持ち主達の手のあぶらを含んで飴色に光っている。
そして中央にあるテーブルに並べられているのは、革製品の小物だった。
財布、キーケース、名刺入れなど、小物がたくさん置いてあり、奥のラックにはバッグもいくつか掛けられていた。
土間の中、革の良い匂いだ。
足音と声が近付いてくる。洋平君ともうひとり、土間に降りてきた。
「こんにちは。いらっしゃい。ごめんね。寝てたんだ」
「こいつは俺の幼馴染みでスケボー仲間。アキ。スケボーは下手くそだけど、手先は器用なんだ」
やめろよと言って洋平君を小突く。
「財布探してるんだって? 色々あるから見て行ってよ。レザーは興味ある?」
「あんまり。でもすごく良い匂い」
それだけ言うとアキ君は嬉しそうに笑った。こっち来て、と財布の前まで手を引かれる。
「牛革なんだ。イタリアンレザー。革製品って基本水に弱いんだけどね、うちで使ってるのはレザー自体に油分が多く含まれてるから、少し濡れたくらいじゃ全然大丈夫。自分の油で水弾いちゃうんだ。触ってみて」
ひんやりしたレザーは手の温度を吸い取ってすぐに温かくなった。革には意外と厚みがあり、表面はサラサラして張りがあった。裏地は無く、シンプルな作りになっていた。
「気に入りました」
「ありがと。でも、もっと見て。それはガバッと開く長財布だけど、こっちの長財布は薄さ重視で作ってみた。カードがあんまり入らないんだけどね。女の子なら二つ折りもいいんじゃない? そのカードケースは口が閉まるから財布として使ってる人もいるよ。あとはコインケースとマネークリップかな。うるさくてごめんね。でも、レザーは良いよ。きちんと使ってやれば、五年も十年も使えるんだ。相棒を決めると思って選んでみて。別に今日決めなくたっていいんだからさ。俺は向こうの部屋で洋平と遊んでるから、気を使わなくていいよ。聞たい事あったら呼んでね。何でも答えるから。じゃあごゆっくり」
この日あたしは自分の新たな一面を知った。
あたしはどうやら、優柔不断てやつらしい。
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