第2章
第30話
「来ちゃった」
「なんだよ今更」
あたし達の真上には澄み渡った青い空が広がっている。風はぬるく、優しい。
ほんの一週間前、あたし達は出会った――
――町田の焼肉屋。地下の店。
「パスポート? いるわけないじゃん」
洋平君は大丈夫かよと言いたげな顔だ。
「分かってるよ。一応確認しただけだよ。飛行機乗った事ないんだって」
あたしはふて腐れてウーロン茶をすする。
「本当にお前と沖縄行くなんて、まだ信じられないよ」
「もう約束したから」
あたしは手を伸ばしタン塩を食べる。
「行くよ。行かなきゃオタクの店長に殺されるんだろ? もう来月のバイト断ったし。てかそれ俺の牛タン」
「ありがとう。美味しい」
洋平君はため息をついてあたしを見た。なあにと尋ねると目を逸らされた。
「こんな華奢な女の子に脅迫されるなんて、俺情けないよ。なんで焼肉屋でも可愛いんだよ」
未だにアンクの男性従業員はギャングだと思われている。笑うとへにゃへにゃなあの内勤を見せてあげたらどうなるかな。安心するか、怒りだすか。
「なあ、なんか言えよ」
「え?」
「もういいよ。食べな」
お皿にお肉を山盛り乗せてくれる。洋平君は豪快だ。自然体だからあたしもついリラックスしてしまう。
「あのさ、手伝うんだから聞く権利あると思うんだけど、誰を捜してるの?」
前回仕事で初めて会い、詳しい事までは話す時間がなかった。
「うちの店の代表」
洋平君が青ざめる。
「大丈夫、怖い人じゃない。それに洋平君は会わないよ」
「俺、だめなんだよ怖い奴。トラウマがあるんだよ。オバケと虫は怖くないけど、ヤンキーは無理」
何それと笑ってしまう。洋平君は良い人だ。
「なあ、代表さんはなんでいなくなったの?」
「仕事の関係なの。渡したいものがあるの。お店に関わるものなんだけど、横取りされそうになってるの。その関係」
付き合わせるのに変に誤魔化すのも失礼だと思い、あたしなりにまとめて伝えた。
「ふうん。何かよくわかんないけど。沖縄にいるとも限らないんだろ?」
「そう。でも、代表を知ってる人に聞いたら可能性はあるって。意味なく車にシール貼るような人じゃないもの」
「まさかこのシーサーがなあ」
わき腹を撫でる。
「見せて」
「なんで飯屋で腹出さなきゃいけないんだよ。二人っきりならいいよ」
「うん」
「うんじゃないよ。やめなさいよ」
洋平君はやれやれといった様子でビビンバをかき込む。食うかとどんぶりを差し出された。受け取ると重たくて網に落としそうになった。しっかりしろよと笑われる。
なんだかこれって友達みたいだ。脅迫して呼び出してるけど。
ビビンバは美味しかった。こうするともっとうまいよとコチュジャンを足され、色んな種類のお肉を乗せられた。気に入って抱え込んでしまった。
洋平君は笑った。なんだかお兄ちゃんみたいだ。あたしには兄弟、いないけど。
「なあ。口説いてもいいわけ?」
デザートはバニラアイスだった。言葉が耳を通過する。
「え?」
「旅行中、まあお前にとっては人さがし中だけど。俺は隙あらば口説くぜ。だってお前可愛いもん。ぶっちゃけ一目惚れだった。そんで今日確信した。お前は俺がいないと困るだろ? そこにつけ込む事にしました」
そんな宣言されたって。
「あたしは代表の事が好きなの」
「だろうと思って先に言ったんだよ。じゃなきゃお前、俺の事ただの道案内としてしか見ないだろ。お前が消えた代表とやらより、俺を好きになってもらえるよう沖縄で頑張るつもりだから」
アイスが溶けちゃう。
「ま、後は現地でな。出発前もう一回くらい会うだろ?」
「うん。待ち合わせの事とか確認したい。あたし、買い物も行かなくちゃ。何持ってったらいいんだろう」
不安だった。初めての旅行だ。
「付き合ってやるよ。待ち合わせもその時に詰めればいいだろ。残りのシフト、全部夜勤だし」
「なんのバイトしてるの?」
「居酒屋だよ。単発の派遣もたまにしてる。荷物の仕分けとか、交通整理とか。金貯まったら旅行して、無くなったら帰ってくる。その繰り返し」
ふうん。
「とりあえずまたな。それか泊まりくる? 沖縄の写真見せてやるけど」
返事に困ってると雑に撫でられた。
「嘘だよ。可愛いな。じゃあな。買い物行くとき電話して」
洋平君は伝票を掴み出て行ってしまった。
髪をぐちゃぐちゃにされたけど、どうしてか嫌な気持ちにはならなかった。
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