第28話


 待機中はひたすら紙に南の付く地名をリストアップする作業をした。奏多君が関東の地図帳を貸してくれたのだ。地図は字が細かくて目がちかちかしたけれど、慣れればすぐに読めるようになった。ある程度書き出せたらマスターを真似して近い所から訪れてみるつもりだった。

 取り憑かれたみたいに、毎日黙々と作業した。


 マスターとの電話から一週間経った。

 いつも通り待機室で地図をにらんでいると事務所から電話がかかってきた。


 リピーター、二十分コース、いつも延長する。オプションは気に入ればキス。なんの変哲もない。指定されたレンタルルームへ向かった。



 客は服の上からでもしなやかな筋肉が分かりサイドを刈り上げた髪を後ろで結んでいた。スケートボードやサーフィンをしそうな人だと思った。部屋に入り控えめに挨拶をした。


「おー。えー。まじか。可愛いな。なんでこんなとこにいるの?」


 ストレート。悪気は無さそうだ。ありがとうございますとにっこり微笑んで準備をした。客にタイマーを押してもらうと隣に座った。


 ええ、まじで可愛い。参ったな。どうしようかな。何やらぶつぶつ言ってる客に近付くと本気で嫌そうな顔をされた。傷付いたのでチェンジできますけど、と告げた。客は顔を上げる。


「いやいやチェンジなんかしないよ。たださ、その、分かるかな。俺としては恥ずかしさを我慢してここに来てるわけ。ただでさえ恥ずかしいのにこんな可愛い子出てきちゃって驚いてるっていうか、男として。うーん」


 あたしは少し離れて座り直すと、少しお話ししましょうか、と客の目を見て微笑んだ。

 客は、はい、と力なく返事をした。なぜに敬語。調子狂うな。



「お兄さん、何かスポーツやってますよね?」


「うん。分かる? 俺はね、」


「待ってください。当てます。当たったらご褒美に手を握ってください。手が大きくて素敵だなって思ってて。じゃあいきますよ。バスケ」


「参ったな。違うけど当たりでいいよ」


「ふふ、なにそれ。ゲームなんでだめです。じゃあ次、うーん、テニス」


「違う。当てて欲しくなってきた」


「爽やかなイメージなんですよね。じゃあ次が最後で。当てますね。えーと、サーフィン」


「おー違う。最後近かったかもな。スケボーだよ。フットサルもやるけどな」


「サーフィンとスケボーで悩みました。負けちゃったんであたし帰りますね」



 立ち上がるふりをすると待って待ってと手を掴まれた。第一段階突破だ。その手を掴み返して膝に置く。



「冗談ですよ。でも本当に惜しかったですね。ボード違いでした」


「あのさ、タメ語で話してくれない? その見た目で敬語使われると、俺なんか悪い事してる気分になる」


「そうなの? 分かった。ねえ、スケボーの動画ないの?」



 ポケットから携帯を取り出すと動画を見せてくれる。夜の公園で、友達との声が楽しそう。もう一度見せてと言い、携帯を覗き込むフリをしてぐっと身体を寄せる。客は一瞬強ばったけどすぐ脱力した。携帯を閉じて正面から目を合わせてくる。



「あのさ、さっきオプション断ったけど、今からキス間に合う? なんかもうたまんないわ。お前まじで可愛いよ。彼氏とかいないわけ?」



 返事のかわりに顔を寄せる。



「可愛い。なんでこんなとこいんの? 昼間は大学生?」



 首を振る。



「まあなんか事情があるんだよな。ごめんなテンション上がっちゃって。なあ、こっちもいい?」



 当たり前だ。その為にここにいる。



「指ほっそ。大丈夫? 心配になるわ。あーでも。うん。めっちゃきもちいいやばい、 」



 客が息を詰めたのとタイマーが鳴ったのは同時だった。延長連絡をしてコンドームを取って戻るともう復活してた。



「こんなんなっちゃったよ。お前が可愛いから。なあ、口でしてくれる?」



 もちろんだ。その為にここにいる。準備をして、そっと口を寄せる。髪を指ですいてくれる。大きな手にぐっと髪を掴まれると記憶の蓋が音を立てる。



「良すぎ。なあ、苦しくない? 無理しなくていいよ。お前みたいなのって優しくしたくなるよ。え? 髪? 髪を撫でてほしいの?なんだよそれ。可愛すぎるだろ。あー。あっつ。もういきそ。いってい? お前の口んなか出してい? っごめ」




 あたしは目を閉じていた。

 鼓膜も音をシャットアウトしていた。

 客は知らない。あたしは戻ってきた。


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