第27話


 仕事を終え帰宅しようと事務所の階段を降りていた。後ろが騒がしいと思い振り向くと、内勤が何か叫びながら走って追いかけてくる。あたしは寝不足で目のレンズがズレてしまう。内勤が二人見える。


「最近すぐ帰るね? 俺も上がったんだ。飯行こうよ。給料入ったからおごるし」

「やった」


 通常運転とはいえ早朝とは思えないテンションは疲れていると余計に温度差を感じてしまう。近頃断ってばかりだったから今回は付き合う事にした。代表捜しを勘付かれるわけにいかない。


「なんかちょっと痩せた?」


 顔を覗き込まれる。そうかな、嬉しいと返す。こういうとき、口が勝手に喋るのはある意味特技だ。職業病とも言う。


 あたしの希望でお蕎麦にしてもらった。おつゆの匂いに急に空腹を感じてコロッケも付けたいと言うとなぜか内勤は嬉しそうだった。

 内勤は元々早食いだけど、麺類は特にすごい。バキュームって感じ。あたしもつられそうになったけど、胃がびっくりしないように意識してゆっくり食べた。

 内勤は煙草吸ってくるねんとコップの水を煽り先に出て行った。


 全部食べきるとおつゆも半分飲んだ。トレーを返し窓越しに内勤を探す。

 内勤は線路のフェンスにしゃがみ込みマルボロを吸っていた。あたしに気付くと笑顔で手招きした。柄が良いんだか悪いんだか分からない。


 ごちそうさま、と言いながら近付いた。あたしもキャスターに火を付ける。吸い終わった内勤から携帯灰皿を借り一服する。身体が温まって眠くなった。


「最近どう?」


 おもむろに内勤が切り出す。言いたいことは分かる。不法侵入、暴行と散々だった。安全の為とはいえアパートの待機も取り上げられた。もしかしたら今日は店長に様子を見てこいと頼まれたのかもしれない。


「大丈夫。正直あんま変わった感じしないかな。そういえばこの前、待機室で女の子に話しかけられた。香水貸してって。びっくりした」

「誰だろ。いつの話?」


 コロッケより嬉しそうな顔だ。


「ええと先週のどっか。明るくて可愛い子。茶髪」


 思い出せる特徴を伝えるとそんなんばっかだよと言って笑われた。内勤はよっと立ち上がり、帰ろうと言ってひょいひょい歩き出した。



「リュウちゃん」


 背中に向かって小さく呼びかけてみた。

 聞こえなかったみたいだ。


 あたしはもう一度口を開きかけると内勤は振り向いた。


「今なんか言った?」


 あたしは笑顔になってしまう。


「うん、携帯灰皿ありがとうって」

「はいはい。大人のタシナミですよ」



 何言ってんのと灰皿を手渡す。

 これから同じアパートに帰るのだ。隣の部屋に内勤がいると思うと、久しぶりにぐっすり眠れそうだった。おなかもいっぱいだ。


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