第26話
マスターとの電話を終え待機室に戻ると香水を振りミントタブレットを食べた。
口の中でミントを転がしながら考える。手伝うと言ったものの、人さがしなんてどうすればいいんだろう。それにしても代表が追われてるなんて。逆ならまだしもまだ信じられない。
「ねえねえ」
パーテーションを覗き込むようにして隣の女の子があたしを見ている。びっくりした。こういう所で女の子に話しかけられたのは初めてだ。
「ねえ、すごくいい匂い。なんて香水? 貸してくれない?」
あたしは慌てて香水を差し出す。突然の状況に顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。
「ぶ……ぶると? 読めないや。借りるね」
女の子はばしばしと香水を吹き付ける。
「ありがと。あなた最近よくいるよね。可愛いなって思ってた。話せて嬉しい」
今のところ話してるのは女の子だけだ。でも褒めてくれている。なんて答えるべきか。ありがとうでいいのか。調子乗ってるって思われないかな。
「しけてるね。連休の最終日だから仕方ないけどさ。おなかすいちゃった」
あたしはミントタブレットを突き出す。
「ありがと。粒大きいの美味しいよね。あたしもこのタイプしか食べない。あっ電話だ、ごめんね」
女の子は携帯を掴むと部屋の端に行ってしまう。事務所からの仕事の電話は他の女の子に聞かれないように済ますのがルールだ。マナーと言うべきか。
電話を終えた女の子はそのまま出て行ってしまい、足音が遠ざかると言葉が溢れてくる。
ブルートって読むの。
外国のボディミストなの。
あなたの方が可愛い。
そのリップどこの?
ミントは必須だよね。
あなたのお名前は?
胸の中で話しかける練習をした。それなのに神様の意地悪みたいに長いコースが連続で入ってしまい、この日はもう女の子とは会えなかった。話しかけられるまでは暇だったのに、残念だ。
仕事を終えアパートに戻ると、仕事用のメモ帳を一枚切り取りペンを取った。マスターの話を忘れる前にまとめようと思った。本当は電話の後すぐに待機で取りかかるつもりだったのに、女の子に話しかけられてすっかり頭から消えてしまった。それくらい衝撃だった。自分の事なのに思い出して苦笑いしてしまう。
・タカギ
代表父の協力者で自身の弱味であるファイルを探している。
・多摩セン
地元を捨てた代表にフクシュウしようとするが失敗。別の事件を起こす。
ここがケッタクしてファイルおよび代表をさがしている(半年見付からず)
良いかんじ。
・マスター
保管してるファイルを代表に渡そうとする
・代表
ファイルを受け取ったら弱味を利用してやつらをどうにかつもり?
半年前タカギに動きがあり町田から姿を消す(タカギは何をしたんだろう?)
行き詰まった。ペンを放り出し灰皿を引き寄せる。書き出してみるとあたしに出来る事は無いという事だけがはっきりと浮かび上がる。
マスターは時間が無いと言っていた。約束があると悲痛な声で言った。そしてあたしは代表が好きだ。マスターの事も。捜す理由にはならないだろうか。協力すると言ったとき、お願いしますと頭を下げる気配を感じた。それにタカギとやらに認知された以上あたしだって無関係じゃない。
今日の女の子の顔が浮かぶ。店長と内勤の顔も。息を吐いた。このつまらない生活を守るために、あたしも行動しようと心に決めた。
何が出来るかはまだ、分からないけれど。
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