第25話


 奏多君から電話があったのはあれから三日後の事だった。マスターが帰ってきたのだ。


 あたしはまだ仕事の待機中で、終わったらすぐベルスに行くと言った。奏多君がマスターに電話を代わると言い出したので待機室からビルの非常階段に移動した。灰皿が出てるのでキャスターに火を付ける。


 

「こんにちは。この前はせっかく来て頂いたのに申し訳ございませんでした」


「大丈夫です。奏多君に相手してもらいましたから」


「事情は彼から聞いております。うちの権利証がどうとか」


「はい。相談しました」


「怖い思いをさせました。申し訳ございません」


「教えて下さい。代表を捜しているのは多摩センター時代の知り合いなんでしょうか」


「なるべく巻き込みたくなかったので相手は濁していたのです。しかし代表捜しを手伝って頂くのに手がかり無しでは限界がありました。申し訳ございません。そうです。正確には代表のお父様の知り合いです」


「おとうさま。その息子が多摩センの事務所を潰したから? それで町田で商売してるのが気に入らない?」


「そういう事です。大方は」


「ベルスの権利証はどこですか?」


「銀行です。大切な書類には変わりありませんが言ってしまうと紙です。権利証ひとつで店はどうこうなりません。ただ」



 ただ?



「権利証はベルスのビルの内部事情が書かれたファイルに含まれています。個人的な記録ですが狙われるとすればむしろファイルの方かと」


「ファイルが代表に渡るとまずいんでしょうか?」


「十年前、ベルスの一階で事件がありました。その筋に揉み消されましたがファイルには当時の事が書かれており、それが露呈するのを連中は防ごうとしています。私はファイルを盾に連中を町田から追い払いました。代表がファイルをどう使うかはわかりません」


「連中ってつまり、はっきり言うと同じ組のメンバーって事ですよね?」


「はい。社長、お父様がご健在だった頃は昔気質のごく古い、ごく小さい組織でしたが、代表の代になり変わりました。金回りは良くなりましたが、若い代表がひとりでした事です。誰ひとりついていけませんでした。

 お父様は自分の代で解体するつもりだったそうです。時代の流れが解る人でしたから。しかし突然亡くなってしまい代表が繰り上がりました。

 代表はアンクのビルを手に入れると多摩セン撤退を決め、残った組員と揉めに揉めました。あの世代の人間は地元の愛着が強いですから。元々お父様の手腕で成り立っていた組織です。代表からの金の流れも止まりあっという間に転覆しました。実質解体です。

 連中は当然町田に乗り込みました。そして代表を刺し損ね、別の事件を起こした」


「ファイルの内容はなんですか」


「お父様は元々町田に繋がりがあり、商売の協力者がいました。高木と言います。ファイルはいわば高木の罪の告白です。不義理の証でもあります。飲むとよく喋る男でした。会話を記録し、写真を撮った。身代わりで逃れた数々の事件のアリバイを破ります。ベルス一階の事件も含みますがこれは多摩センの連中も関わっており、写真も残っています。

 私は今回の件の大元は高木だと考えています。あなたに近付いた多摩センの連中にはこの男の息がかかっているはずです。社長の組員として面識はあったはずですからね。お父様の死後どちらから接近したかはわかりませんが、利害も一致しています」


「えっと、高木って男が犯した罪から逃れる為に多摩センの連中を利用して証拠になるファイルを探している?」


「はい。ファイルは多摩センの連中にとっても爆弾です」


「ファイルを受け取る前に代表が消えてしまったのはどうしてだろう」


「受け取る前に殺されるわけにはいきません。もちろんきちんと段取りして受け渡すつもりでしたよ。しかし高木に何かしら動きがあったんでしょう。代表はあっという間に雲隠れしてしまい、私はファイルを渡しそびれてしまった」


「あたしはうちの店長から、代表はグループを守る為に消えたと聞いています。」


「間違いではありません。あのファイルが高木に渡っては今まで通りの営業は難しいでしょう」


「銀行は信用出来ませんか? マスターは、どうしてファイルを代表に?」


「元々そういう約束なのです。時が来たらベルスビルごと譲渡する約束でした。それにあれは代表が持っているのが一番安全です。改めて預け直すはずです」


「一体何なの。誰が作ったファイルなの」


「高木は色んな方面から恨まれる男でした」


「店長はどこまで知ってると思いますか?

 代表は南にいる事と、無事だという事しか教えてもらえません」


「南……」


「なにか思い当たりますか?」


「いえ全く。南とは全然関係のない所を捜し回ってしまったなと。見当違いでした」


「どこにいたんですか?」


「東神奈川駅周辺です。足が悪いので近い駅から順番に攻めてJRは東神奈川まで行きました。とは言っても手がかりゼロです。飲み屋を見付けては聞き込みをしたり、タクシーで町を一周するだけです。気休めですね。


 質問の答えですが、あなたの店長も南のもう少し絞られた場所以外は知らないのではないでしょうか。それに代表が一カ所に留まってるとは限りませんし、携帯を解約されてしまったのでピンポイントで特定する事は難しいでしょう。あの代表がわざわざ葉書で知らせるとは思えません。少なくとも私には来ていません。知らせがないという事は、無事だと判断しています」


「もう、なんで携帯を解約しちゃったんだろう」


「代表みたいな生き方の人は、大抵携帯ぎらいですよ」


「ふうん。マスター、あたしも手伝います。代表を見付けたら早くファイルを受け取りに来るよう伝えます。そのとき町田に戻れる状況じゃなければ、あたしが届けます」


「有難う御座います。見付けたらすぐ知らせて下さい。そして困った事があったらまずは私に。

 それからひとつ忠告を。あなたの店長はああ見えてかなり怖いです。お気を付けて。しかし店長と代表は同級生です。神経質になる気持ちも理解してあげてください。それでは」


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